21世紀COEプログラムによる活動記録

2004年度 第2回研究会

日時: 2004年7月24日
場所: 同志社大学 東京アカデミー
タイトル: ユダヤ学のA・J・トインビー批判:文明論の包摂と排除について
講師: 手島勲矢 (大阪産業大学人間環境学部)
タイトル: ラビ・ユダヤ教文献に見られるラビとミーニーム(異教徒・異端者)との対話
講師: 勝又悦子 (ヘブライ大学博士課程)
要旨:
今回の研究会ではユダヤ教を分析する上で、手島氏はA.トインビーを、勝又氏はユダヤ教における他者概念をとりあげた。
手島氏は、始めにトインビーをとりあげた経緯について触れ、トインビーへの批判ゆえに再考の必要性があることをその理由とした。さらに氏によれば、トインビーの文明論は当時から多くの研究者に批判されてきたが、現在S.ハンティントンや、E.サイードにみられるように、今日の研究者のユダヤ教やイスラエル理解にいまだ影響があるという。氏は次に、トインビーの文明論を説明しながらその根底にある二項対立(ヘレニズム対ユダヤ)に言及し、それに対し同時代のユダヤ学の歴史学者であるビッカーマンの見解、ユダヤ社会内部の諸対立から外部のヘレニズムとの関係に影響を及ぼしていったという論を紹介した。そして最後にビッカーマン、チェリコベールらの議論をふまえ、ユダヤ思想のパワーバランスは二項より三項によって成立するという理解に立つべきであると主張し、さらにこれは3つの一神教を考える視座としても有効であろうと述べた。
勝又氏は、「ミーニーム」という「異教徒」や「異端者」などと訳せる外部者に対するユダヤ教の概念を中心に分析を加えた。始めに氏は、「ビルカット・ハ・ミーニーム」という、1日3度の祈りの中で繰り返される祈祷文のうちの1つを挙げ、「ミーニーム」の概念の変遷について述べた。異教徒を呪う性格を持つ「ビルカット・ハ・ミーニーム」中の「ミーニーム」の語は、エレツ・イスラエル版ではキリスト教徒がそれと並記されていたが、現在広範に使用されているアシュケナジー版では異教徒でもキリスト教徒でもなく、単に「敵」と表わされているという。さらに氏は改革派においては、「ビルカット・ハ・ミーニーム」自体を祈祷文から削除しているとも述べた。また他のラビ文献においても、ラビたちが「ミーニーム」自体や、彼らの考えを否定しているような記述がみられないと分析した。このような文献の記述から勝又氏は、ユダヤ教の「ミーニーム」の概念は他者の拒絶から起こったものではなく、少なくともラビ文献からは「ミーニーム」/異教徒との接触によって形作られた結果の排他であると結論づけた。
コメントにおいて、中村氏は手島氏に対し、今日再びトインビーをとりあげる経緯について疑問が残ること、また「ユダヤ学」の問題などに言及した。市川氏は、勝又氏がとりあげた他者理解の形成された時代以後の世界的な変化に即してユダヤ教にも大きな変化があったこと、またユダヤ教社会内部の対立やそれが他者理解に及ぼす影響、などの視点の必要性を指摘した。中田氏や奥田氏からは、両発表者の議論についてイスラーム的な観点から見た場合の問題点などが出された。この後も、ユダヤ学の形態や、ユダヤ教における土地概念(エレツ・イスラエルなど)、などについて活発な討論がかわされ、現在の学問的、宗教教義的状況に内在する多くの問題点も挙げられた。
(COE研究指導員 中村明日香)

『2004年度 研究成果報告書』p.226-258より抜粋