21世紀COEプログラムによる活動記録

2004年度 第1回研究会

日時: 2004年6月12日
場所: 同志社大学新町学舎 渓水館
タイトル: アメリカの一神教に関する諸問題
講師: バーバラ・ジクムンドBarbara B.Zikmund (同志社大学アメリカ研究科)
タイトル: イスラームにおける異教徒との共生
講師: 中田 考 (同志社大学大学院神学研究科)
要旨:
今回行われたジクムンド氏、中田氏の両発表は何れも「宗教間対話」への関心をその根底に持つものであった。
ジクムンド氏は宗教間対話の必要性を説く。未曾有の宗教的多様性を見せる今日のアメリカにおいては、何れの信仰体系も他の信仰体系と関らざるを得ない。その際、一神教的信仰を持つ諸団体は必然的にある問題に直面する。つまり、唯一神を信仰の中心に持つために他宗教を否定するような嘗ての排他主義を乗越えて、他宗教に対し敬意を持って接しなければならず、なおそれが一神教の信仰を保ちつつなされねばならないという問題である。この「一神教の直面している最大のチャレンジ」の事例研究として、1999年にNCC (National Council of Chursches)から提出された"Marks of Faithfullness"や、それに関ってきた自身の経験を挙げ、さらにその課題も指摘した。何れにせよ、現代のアメリカ社会において宗教間対話は必須であり、それは単に他宗教との関係のみならず、宗教的多元化によって再編を迫られている自らの信仰理解にとってもそうなのである。
一方で中田氏は昨今殊更に推奨されている宗教間対話に懐疑的である。というのも、殊更に宗教間対話を行うことにより、両教義間の差異がますます強調され、結果として両者の衝突を増加させる恐れがあるからだ。とりわけそのことは対話をする両者の間に権力的不平等が存在する場合に当て嵌まる。この場合、誰がその宗教の代表者となるのか、また、その代表者は何を目的として対話をするのか、といったことが「強者の動機」「弱者の動機」を中心に遂行され、結局、平行線を辿る非建設的な議論とならざるを得ない。寧ろ、目指されるべきは法的安定性であり、対話から「宗教」を除くことによる共存のシステムである。この法的安定性のモデルとして中田氏はイスラームが異教徒との共存のために採用した「庇護契約モデル(イスラーム国際法モデル)」を挙げる。イスラームのMissionは「宣教」ではなく、法治空間の拡大である。それ故、公法に抵触しない限り、私的領域においては各宗教の自治権が認められるのである。この公私の区別は古典的イスラーム都市(バザール)に見られ、そこではモスク=私的空間とバザール=公共空間が区分されつつ安定を保ち、各宗教の共存が成り立っていたのである。
コメンテーターの小原氏は前者の発表に対し、"Marks of Faithfullness"の成立にどの程度他宗教の代表者が関与したのか、また「対話」の意味するところは何かを質問し、石川氏は後者の発表に対し、比較的安定した時代のイスラーム国際法モデルが宗教的多元性の著しい今日においてどれ程有効であるのかを質問した。
両者の質問から、中田氏の言うように固定化された教義同士のすり合わせとしての対話は確かに虚しいが、現実的な生活レベルでの信仰理解を切り開く宗教間対話は現代において確かに必要であるということが確認された。質疑応答では、宗教間対話の現状や、日本のコンテキストでの読み替えなどを巡って議論が進んだ。
(CISMOR奨励研究員・神学研究科後期課程 上原 潔)

『2004年度 研究成果報告書』p.200-225より抜粋