21世紀COEプログラムによる活動記録

2006年度 第5回研究会

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  • 070127b
日時: 2007年1月27日(土) 13:00-17:30 (部門2と合同)
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 寧静館5階会議室
研究テーマ: イスラームの現在
講師: 飯塚正人(東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 助教授)
中田 考(同志社大学神学研究科教授)
要旨:
当COEプログラムの学際・複合性の更なる進展を目的として、今回はこれまでの研究会に共通した議論対象である「イスラームの現在」をテーマに、部門研究会を合同で行なった。 
事前に参加者から発表者への質問を募り、中田、飯塚両氏の発表はそれらの回答を中心に行なわれた。質問はまずイスラーム世界における宗教と政治との関係が中心となった。例えばイスラーム国家における民主化基調の高まり、シャリーア(イスラーム法)と議会の持つ立法権との関係、パブリシティーとプライバシーとの区別、またウラマー(イスラーム学者)などの「宗教家」の担い得る政治的役割、そしてイスラームの理想的政治体制についての質問などである。次いでマレーシアにおけるムスリムとキリスト教徒の関係、ローマ教皇のイスラーム理解、望ましいアメリカの中東外交といった、イスラーム世界(ムスリム)と非イスラーム世界(非ムスリム)との対話促進の可能性についての質問が集まった。 
中田氏は、イスラーム世界といったものは基本的には無く、イスラーム的な形をとるにせよそれは西欧の世界・政治制度に覆われているということを、回答の前提とした。つまりイスラームとその世界が孕むと見なされる問題の多くは西欧とその制度との邂逅によってイスラーム世界に現れたものであり、例えば上述の民主化という問いに対しては、自由民主主義という概念から自然権を保護するという機能を抽出し、シャリーアによる統治というイスラーム制度内のそれに相当するものに置き換える形で回答がなされた。中田氏の回答は、あるべきイスラームの形、その思想によって展開される「イスラーム研究」としてのものであったと言える。 
続く飯塚氏はイスラーム世界の抱える問題の大半がイスラームと関係するものではないという点で中田氏と前提を同じくするが、その議論・分析対象をムスリムとし、彼らが必ずしもイスラームの十分な反映者ではないという現実(実際のムスリムはシャリーアに従って生きているだけではなく、人間である以上、様々な欲望や思惑にも突き動かされて行動している、つまり「あるべきイスラーム」という観点からすれば「不真面目な」ムスリムが多いという現実)を理解することが重要だとする。従って飯塚氏はフィールドにおけるインタビュー調査を手掛かりに分析する自身の回答を「ムスリム研究」と位置づけた。飯塚氏は寄せられた質問を「イスラム原理主義」(イスラーム主義)、ムスリムと非ムスリム、シャリーアの運用と民主化・議会制民主主義、進化論とイスラーム思想の四つに分類し、ムスリム或いはイスラーム諸国が主張する「イスラーム」とその立場というものは時に錦の御旗であり、「イスラーム」を掲げ、それを否定しないことが当該社会においてどのような働きを促すのかという視点を通した回答がなされた。 
議論では現在のイスラーム諸国の政治制度についての具体的な事実確認の後、それらについての公的な場での議論の幅や、可能な政治体制のバリエーションについて、西欧の場合との違いが議論された。またアカデミズムにおける進化論への見解、或いはマレーシアやイランといった特定地域の政治体制の問題などについて、活発な情報交換がなされた。今回の合同研究会は単に「イスラームの現在」についての見識を参加者が養うに留まらず、今後引き続いてそれについて議論する際の更なる共通認識、相互理解を得る上で非常に有益なものだったと言える。
(CISMORリサーチアシスタント・同志社大学神学研究科博士後期課程 高尾賢一郎)

『2006年度 研究成果報告書』p.143-187より抜粋