21世紀COEプログラムによる活動記録

2004年度 第7回研究会

日時: 2004年10月28日
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 扶桑館
タイトル: 「ムフスィン・キャディーヴァルのシーア派国家類型学」
講師: 中田考 (同志社大学神学研究科教授)
要旨:

 本研究会は、初回研究会で講演し、その後第2回からその論稿の読み合わせを行っていたムフスィン・キャディーヴァル師による2典の著書(『シーア派法学における国家理論』、『ウィラーイー政府:イスラームの政治思想』)および革命前のホメイニー師の国家思想を分析した論文(「親任国家:イスラーム共和国における親任国家の起源発見」)に関して、中田氏が発表・発題し、キャディーヴァル師の政治思想について参加者が意見を交換した。
  中田氏によれば、前者の著書の中でキャディーヴァル師は、法学の歴史的変遷を説明した。同師は、このうち最近の時代区分(1978年以降)を「イスラーム共和国期」とし、さらに次章では、前章で紹介した諸法学者の政治思想における国家制度の形態を類型化した。これらは、①ヒスバ事項法学者親任ウィラーヤ/ウルフ領域覇者王制、②法学者の不特定新任ウィラーヤ制、③不特定親任ウィラーヤ制、④ムトラカ親任ウィラーヤ制、⑤制限国家、⑥マルジャア監督人民ヒラーファ、⑦法学者制限選挙ウィラーヤ制、⑧イスラーム選挙国家、⑨共同所有者代理制の9類型である。このうち①~④と、⑤~⑨は、国家統治の委任を特定の個人に託すか、階層または全ウンマに託すか、ということによって大きく2分できる。
  前者の①~④は、神的ウィラーヤによる委任統治に正当性を置いており、これは預言者、諸イマームから、「正義の」法学者に親任されているとする。
①ヒスバ事項法学者親任ウィラーヤ/ウルフ領域覇者王制
  「合法スルタナ」とも言い換えることが可能であり、ヒスバ事項だけでなくウルフの領域までもマルジャアが人々の協議を受ける権利を持っていることである。マジュリースィーや、ミールザー・クッミー、ファドゥルッラー・ヌーリーなどがこの説の代表的な主張者である。
②法学者の不特定親任ウィラーヤ制
  「ウィラーヤ的国家」とは、社会の公共事項の執行者に対し、立法者(神)から人民へのウィラーヤが親任されているような国家である。神からウィラーヤを親任された預言者とイマームが不在の現代において親任権を有するのは、法学知識、公正さ、政治力を併せ持った有資格者全員となる。また親任される者は、法学知識を持つ者に限られる。この場合のウィラーヤの領域はシャリーアの第1次、第2次法規(イバーダートやイーマーンなど)を超えない公共問題、社会福祉、国家事項に及ぶ。この説は、ゴルパーイガーニーや革命前のホメイニー師によっても主張されていた。
③不特定親任ウィラーヤ制
  1358年の修正憲法によって示された形態であり、②の法学者の不特定親任ウィラーヤ制の親任権をマルジャウの指導者会議に託すものである。
④ムトラカ (مطلقة)親任ウィラーヤ制
  ホメイニー師の最終のイスラーム共和制思想であり、法学者の役割をヒスバ事項に限定せず、さらに法学知識の意味を非イスラーム世界の問題解決にまで至るあらゆる事項に拡大解釈することで実現される。政治は第1次法規とされ、礼拝などを含む全ての第2次法規、また憲法にも優先するとされる。
  後者の⑤~⑨は、人民にウィラーヤを持つ正当性がある。
⑤制限国家
  法学者の許可監督制と言い換えることが可能であり、成文憲法と議会の議員による監督に立脚する国家政治形態である。ナーイーニー師などが主な論者に挙げられている。
⑥マルジャア監督人民ヒラーファ
  バーキル・サドルによる理論の最終到達点であり、マルジャウが監督する人民ヒラーファという考え方に基づき、元首選挙、立法議会選挙が実施される形態である。 ⑦法学者制限選挙ウィラーヤ制
  直接または間接選挙によって法学者に制限つきのウィラーヤがあるとする。イスラーム的元首の3構成要件として、法学知識、人民による選挙、憲法による制限をあげる。
⑧イスラーム選挙国家
  イマームの不在の間は、イスラーム法学の事項(法解釈、裁判、人々を善に導くこと)は法学者に委託されており、政治に関しては人民自身に託されているとする。よって、国家や法のイスラーム性は保持されるとともに、体制の宗教との整合、宗教的目的が追及されることと、協議国家形態をとることとが両立される。この説は、バーキル・サドル(ただし1378年の著作)、ムハンマド・ジャワード・マグニード、シャムスッディーンなどによるものである。
⑨共同所有者代理制
  共同所有者とは、市民であり、国家は市民の共同所有物で、政府はそれを統治するための代理をしているという思考を採る。この市民からの委託は契約であり、代理人の罷免は常時可能である。この論は、マフディー・ハーイリー・ヤズディーによって主張されている。
  中田氏は、キャディーヴァル師が諸法学者の国家論を論じていくのに、これらの国家論が出た背景(歴史的、社会的、政治的)を無視しているとの補足をした。Noah氏からは、いかなる国家論にも賛同を示さないキャディーヴァル師が、現体制に替るどのような国家形態を思い描いているのか明確でない、との言及があった。
  ディスカッションにおいて、キャディーヴァル師が批判的に扱っている「ウィラーイー国家」をどのように日本語に訳出することが可能か、ということにも議論が及んだが結論は出ず、次回以降の研究会の課題として残された。
(COE研究指導員 中村明日香)

『2004年度 研究成果報告書』p494-506より抜粋