21世紀COEプログラムによる活動記録

2005年度 第5回研究会

日時: 2005年10月6日(木) 18:30-20:30
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 扶桑館1階 CISMOR会議室
タイトル: 西洋的思考法とイスラーム的思考法(前提的考察):B・ラッセルとM・モタッハリーの倫理思想
講師: 嶋本隆光(大阪外国語大学留学生日本語教育センター教授)
要旨:

 本研究会で嶋本氏は、M・モタッハリーのFalsafh-ye Akhlaq 、Ensan-e Kamelにみられる西欧思想の批評を、特に経験主義、唯物主義、無神論をキーワードとして議論した。嶋本氏によれば、それらの思想はデカルト、ヒューム、ミル、クリフォードの哲学に代表されており、かつまたそれらの思想が集約された形でB・ラッセルの議論の中に見ることができる。
  モタッハリーは、Falsafh-ye Akhlaqの中で、ラッセルの倫理観を批評している。それによれば、ラッセルの倫理は、「理性的」に思索し行動する個々人が行動した結果が公共的な福祉、または相互に共有される利益となるという論理に基づいているという。ここでの倫理は、経験的に人間が自ら学べるものでもある。しかしモタッハリーは、これは、諸個人の関係が平等なときにのみ達成可能であり、それぞれの権力に相違がある場合には不可能であると反論する。また、人間の判断・予見能力の浅さも指摘している。モタッハリーにとって、利益のうちに見出される倫理は倫理でなく、この意味では「反倫理(enkar-e ahlag)」でさえある。嶋本氏はまた、モタッハリーは前掲2典において「完全人間」の解釈を通して、西欧思想を検討していると述べた。ここで基準とされているのは、①良心(vejdan)、②理性(Ôaql)、③愛(mohabbat)、④権力(qodrat)、⑤美(ziba'i)、⑥神秘主義 (tasawwof)であるという。モタッハリーは上記6点に関しそれぞれの長短を論じていくが、嶋本氏は、この議論のうちにモタッハリーという現代イラン・イスラームを代表する識者の思想と欧米の思想との決定的な乖離が示されているという。その根底にあるのは、現象界を超えた力の存在を常に認めるか、現象界の中の因果関係の経験的解釈に依拠するかという相違であり、同氏はこの関係を、有神論と無神論の対立とも言い換える。さらに両者の思想的理解は相互に可能ではあるが、その相違は根源的なものであると述べ、発表を終った。
  ディスカッションにおいて、加賀谷氏は、ラッセルも神の存在を否定することはなく、科学は科学として、宗教は宗教として残ると考えたと指摘した。富田氏からは、このような乖離を抱えた上での欧米・日本からのイラン政治動向分析の危険性も指摘された。
(COE研究指導員 中村明日香)