21世紀COEプログラムによる活動記録

2007年度 第1回研究会

日時: 2007年5月20日(日) 13:30-17:45
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 寒梅館6階会議室
タイトル: velayat-e motlaqeh宣言から20年 ―ポスト・ホメイニー期における統治法学の理論と実践―
講師: 松永泰行(同志社大学一神教学際研究センター客員フェロー
要旨:
 松永氏は、ホメイニー師によるヴェラーヤテ・モトラゲ宣言とシーア派における統治法学に焦点を当て、発表を行った。以下はその概要である。 
  ホメイニー師のヴェラーヤテ・モトラゲ宣言とは、以下のように纏められる。 
①イスラーム的統治者としての統治法学者の統治に関わる裁量の範囲は、預言者の絶対的なそれと同じである。②統治および統治法学者の統治令は、最も重要なイスラームの一次的神令に属し、他の一次的神令および全ての二次的神令に優先する。③それゆえ、統治法学者はイスラームおよびイスラーム政体・イランの全体利益、公益の確保のためならば、イスラーム法の規定さえも、そうすることが必要な間それらの規定の執行を停止させることができる。
  統治令によって、イスラーム法の規定の無効化、廃止がなされるのではなく、より重要な、イスラーム法的な規範と現在のイスラーム社会の現状との非整合性の故に当該イスラーム法の規定の実施を中断するのみである。しかしながら、そのイスラーム性は、統治令を出す統治者が正当であるかという点にかかっており、統治者が正当ならば、そのイスラーム性は担保される。 
  また松永氏は、このヴェラーヤテ・モトラゲ宣言が発せられた政治的、社会的背景として、労働法の定立をめぐる国会の立法機能の麻痺状態があったことを指摘した。すなわち、国会は3分の2の賛成を得れば公益を判断することができたが、監督者評議会が拒否権を持っており、両者の対立が生じれば国会の立法機能が麻痺したのである。 
  ホメイニー師のヴェラーヤテ・モトラゲ論をめぐって現在2つの解釈が対立している。 
  第1が現体制の多数派の「正統」解釈であり、以下のようにまとめらる。 
①統治者がお隠れイマームの代理人として裁量権を持つこと。②ヴェラーヤテ・モトラゲ論においては統治者が決定権を持つのは統治に関わる領域のみであって、私的領域まで干渉する無制限の権力や裁量権を持つものではない。③ホメイニー師以前にもこの論を唱えていた論者は存在しており、ホメイニー師が特段画期的なことを導入したわけではない。 
  第2はMohsen Kadivarによる解釈で、上記、①、②、③はほぼ同じであるが、Kadivarによると、ホメイニー師は統治者の裁量権が「啓示実践法規範」の枠組に限定されないことを強調し、イスラーム法学の現代的問題は、伝統的な「啓示実践法規範」に縛られずに現代的な手法で解決すべきであることを提唱した点において独創的であり、ヴェラーヤテ・モトラゲ宣言はシーア派の政治思想において画期的なものであったのである。 
  以上のような発表がなされた後のディスカッションでは、イラン・イスラーム革命後、弱者がイスラーム法を盾に自らの権利を主張するようなことがあったか、など質問は多岐にわたり活発な議論がなされた。
(同志社大学大学院神学研究科博士前期課程 西尾泰弘)