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若手研究会 「宗教と現代社会」部門

【2008年度 第1回研究会】

日 時
2008年7月28日(月) 16:00-
開催地
同志社大学 今出川キャンパス 神学館2階神学研究科演習室(2)
タイトル
アメリカの原理主義と近代
報告者
藤本龍児(京都大学大学院)
コメンテーター
高尾賢一郎(同志社大学大学院)
要 旨

  現代アメリカの原理主義は、1980年代レーガン政権の誕生を機に興隆、2000年代になると(通俗的イメージとは異なり実際には進歩的思想をもつ)ネオコンとの共闘が顕著となった。また特にイラク戦争後の状況として、福音派と呼ばれる勢力が、中絶や同姓婚問題を取り扱う「保守的なもの」と地球温暖化やエイズ問題を取り扱う「進歩的なもの」とに分かれてきた。このような現状を踏まえ報告者は、一般に反近代(過去志向、保守的)として見なされる「原理主義」理解の再検討を通し、アメリカの原理主義の特長を明らかにすることを試みた。
  まず報告者は、「イスラム原理主義」という呼称の問題点を指摘し、それと区別したうえで、神学論争から政治思想へと変遷したアメリカの「原理主義」の概念史を通観した。1910-20年代の原理主義は、聖書無誤謬説の立場を主張、進化論教育への反対などを通して、近代主義への反対姿勢を表明した。そして、カウンター・カルチャーなどを経た1970-80年代には、福音派が登場し、やがてその一部が政治化して「宗教右派」と呼ばれているようになった。この「政治化」した福音派が現代の原理主義者である。
  次に、報告者は、先行研究のほとんどが原理主義の核心を「反近代」としていることを紹介したうえで、アル・カーイダなど「イスラーム過激派」と呼ばれる組織がマルクス主義やヘーゲル主義と類似点を持った「近代の所産」であるとするグレイ(John Gray)の主張を引き合いに出しつつ、キリスト教の原理主義に見られる近代性を指摘した。また、近代的テクノロジーに「選択的な関わり」を持つことに原理主義のパラドックスがあると指摘する。
  そして、その点について報告者は、進歩思想を題材に説明を試みる。報告者は、バー(James Barr)の指摘する、多くのファンダメンタリストに見られる未来に対する多大な興味や、ダーウィンの進化論に反対する一方でスペンサーの社会進化論には賛同する姿勢を通して、そこで見据えられる理想的世界像を描き出した。
  結びとして報告者は、現代アメリカの原理主義が多くの面で「反近代」の特長を持ちながら、進歩思想への親和性を合せもつという点から、「原理主義vs.近代主義」という従来の解釈図式に対して一定の留保をつけなければならない、と主張した。
  これに対し、コメンテーターからはイスラームにおいて原理主義が分析される場合においては、むしろ近代主義との強い関係が指摘されることが述べられた。それに関係するものとしては、報告者の指摘した「選択的関わり」はむしろ当然のことと言えるのではないか、という見解もフロアから挙がった。また、福音派の世界観、とりわけ千年王国論が、イスラエルの建国によって変化したことを強調したほうがよい、という意見も出された。
  そして20世紀前半において自称であった「原理主義(者)」が、スコープス裁判やイラン・イスラーム革命などを経て否定的なイメージを付与されたこと、今日のアメリカにおいては誰が誰をそう呼んでいるのかが最早混迷を極めた状態であるということがフロアから指摘された。そうした百家争鳴の状態は「近代主義」にも言えることであり、「原理主義」とあわせてその襲名やイメージ構築分析の更なる整理が報告者の今後の課題として期待された。
  ともあれ、このような多様な分野からの分析が可能、必須であるテーマに対して報告者が哲学的・思想史的観点から取り組んでいる意義は大きく、日韓宗教史や現代カトリック世界、ユダヤ思想やナショナリズム研究といった多様な専門を持つ全参加者を交えた活発な議論で会場は賑わった。質疑応答に、当初予定していた45分の倍である90分の時間を自然と割くことができたのは、その証左の一つと言えよう。報告者の更なる研究進捗に期待したい。

(同志社大学大学院神学研究科博士後期課程 高尾賢一郎)

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