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『ヘブライ語聖書』に反映する一神崇拝の展開

公開講演会

『ヘブライ語聖書』に反映する一神崇拝の展開
The Development of Monolatry Reflected in the Hebrew Bible

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日時: 2018年03月10日(土)13:00-15:00
場所: 同志社大学今出川キャンパス 神学館チャペル
(京都市営地下鉄烏丸線「今出川駅」下車3番出口徒歩3分)
講師: 長谷川 修一(立教大学文学部・准教授)
要旨:
長谷川氏は、神の呼び名と神がどのような存在と考えられているかの二点に注目しながら、ヘブライ語聖書(キリスト教における『旧約聖書』)が記述する神について、以下の講演をなされた。
 ヘブライ語聖書は様々な資料や伝承を用いつつ、長い年月を経て、複数の編集を受けて成立した。例えば創世記では、神の呼称として、エロヒーム、ヤハウェ、ヤハウェ・エロヒームが用いられているが、19世紀の研究では、異なる資料が編纂において用いられたと考えた。エロヒーム、ヤハウェ各々の神名が用いられているブロックでは神学的思想の相違が確認されるが、後に各々の神が同一視され、ヤハウェ・エロヒームになったと想定される(文書資料仮説)。
 エルは、ヘブライ語が属するセム語一般において神を表す単語であり、その意味は神々の長や父、世界の創造神、議長などである。前二千年紀において、この地域一帯で最高神だったエルの名が神の呼称として一般名詞化したと想定される。ヘブライ語聖書では、固有名であるエルが、エルの称号である単語(シャッダイ・エルヨーンなど)と結び付けられているが、エルとヤハウェが同一視されていく過程で、それらはヤハウェの属性として継承された。
 古代西アジアでは神々の名を人名の一部に取り入れる慣習があり、イスラエルでもヤハウェやエルの名を入れた名前が碑文に記され、その出現状況から王国時代、ヤハウェはイスラエルの主神だったと想定される。ヨシュア記24:14-15によれば、ヤハウェはカナンの地への定着の際にもたらされた外来の神であり、共通する記述に注目すると、シケムで異国の神々と訣別したとする伝承の存在が想定される。
 出エジプト記3:6では、アブラハム・イサク・ヤコブというイスラエルの父祖の名前が神と結び付けられて記述され、このことから、異なる地域に伝承されていた3部族の神伝承が1つに集約されていった過程が想定される。また、申命記33:2では、ヤハウェはシナイやセイルなどエルサレム以南の地名と結び付けられ、このことからヤハウェ南方起源説が唱えられている。また、同6:4には「ひとつのヤハウェ」という記述があり、このことから複数のヤハウェの神殿が1つとされた過程が想定されるが、その歴史的背景として、ヨシヤ王の宗教改革(祭儀集中)、あるいは北イスラエル王国の滅亡後、その住民が南ユダ王国に逃避したことへの融和政策などが考えられる。
 古代イスラエルの神観は、他の神々を否定する「唯一神教」だったと考えられがちであるが、例えばミカ書4:5の記述などからは、王国時代末までは、他の神々の存在を前提としながらも、ヤハウェの優越を主張する「拝一神教」だった実態が想定される。
 唯一神教の成立については、バビロニア捕囚がその契機になったと想定される。当時、国家間の戦いは各国が奉じる神々の戦いであり、ユダ王国のバビロニアへの敗北は、バビロニアの神マルドゥクに対するヤハウェの敗北をも意味し得た。それはユダの人々にとってアイデンティティの喪失をもたらし得る事態であり、その危機感がヘブライ語聖書編纂の原動力になったと想定される。具体的に唯一神観が示されるのは、捕囚時代に書かれたとされる第二イザヤにおいてであり(イザヤ書40-55章)、そこにはバビロニアの偶像崇拝に対する攻撃が記される。ヘブライ語聖書に記される唯一神観は、アイデンティティ保持のための戦略として生み出された思想であり、捕囚の地で多くの思想や習慣に触れた南ユダ王国の人々が触発され、吸収し、昇華していった過程を反映している。 
 最後に長谷川氏は、ヘブライ語聖書を重層的なものとして捉えることの重要性を強調された。すなわち、ヘブライ語聖書は、ある時代までは変更不可能な書物ではなく、アップデートが繰り返された書物であり、それは同書がそれほどまでに重視されていたことを示しているということである。

(CISMOR特別研究員 北村徹)
※入場無料・事前申込不要
【主催】日本オリエント学会、同志社大学一神教学際研究センター
【共催】同志社大学神学部・神学研究科
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