公開講演会

イスラームの深層を探る

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日時: 2017年02月25日(土)13:00-15:00
場所: 同志社大学今出川キャンパス 神学館チャペル
(京都市営地下鉄烏丸線「今出川駅」下車3番出口徒歩3分)
講師: 鎌田繁教授(東京大学名誉教授、前日本オリエント学会会長)
要旨:
 本講演「イスラームの深層を探る」は、一神教・多神教とはどのように理解すればよいのかという点に始まり、イスラームという宗教そのものについて、そして神秘主義思想とはどのようなものであるかを見ていくことを通して、イスラームという宗教の総体の理解を進めようとするものであった。
 これまで一神教と多神教は、対立しあうものであるかのように考えられてきた。しかし、世界各国の宗教やそれに付随する思想を見ていくと、この対立の曖昧さが見えてくる。たとえば、本居宣長は古事記の注釈の中で「人間以上の素晴らしい力を持っている者が神である(尋常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き物をカミとはいふなり)」と述べて、日本の多神教世界を言い表している。一方、一神教であるキリスト教での神は、天地人を創造し裁く大きな力を持つものという考えが一般的である。しかし、人間より力を持っているものであれば神であるという多神教的な考えに基づくのであれば、キリスト教の聖者や天使は、多神教が神とする範疇に入ることになるだろう。このように、自身が信じる宗教に根差したものの見方で他の宗教を見ていくと、一神教・多神教についても、その定義が変わってしまうため、これらを区分するのは出来るだけ避けた方がよいと言えよう。
 イスラームに話を移すと、―一神教・多神教という区分はしたくないとはいえ―神の唯一性を重視する宗教であるといえる。この神の唯一性は信仰告白(シャハーダ)の「アッラー以外に神はない」、「ムハンマドは神の使徒である」という文言で確認できる。そして、イスラームという言葉が服従、帰依を指すことからもわかるように、主人である神や権能を持つ預言者の言うことに従って生きることが、イスラームに入るということであるといえよう。一方で、ムスリム・ムスリマは、人間が理性的・法学的に物事を考え判断することも推奨されている。

 さて、鎌田氏によると神の唯一性にはもう一つの見方があり、「神が一であるということは、神のみが存在しているということで、創造されたものの存在というのは本当の存在ではない」と言い換え得るという。つまり、先に見たような「神は主人であり人間は奴隷である」という考え方では、神と人間は全く別のものとして捉えられており、これら二つの存在があってこそ神が創造者となることができる。しかし「神のみが存在している」という見方を取るのであれば、唯一絶対の実在というものが全体を遍く広がっていて、それが完全な形で神として現れたり、不完全な形で被造物として現れたりする、と考えることも可能である。
 続けて鎌田氏は、最終的には神も人間も一体になれるのだという考え方として、神秘主義があるとし、「原初の契約」、ラービア(801年没)、アブー=ヤズィード・バスターミー(874年没)、ルーミー(1273年没)の史料や詩を検証した。また、モッラー・サドラー(1640年没)の「存在の本源性説」について説明し、本質以前に存在があり、本質という形を通して姿を現すという説に言及した。そして、存在エネルギーが世界に遍満している状況そのものが、クルアーンでいえば創造する前の神と被造物とが一体となっている状態であると解説した。
 このように、イスラームというのは、神の言葉に従うことを非常に重視する教えであるとする考え方がある一方で、「神は唯一であり、神しかいないのだ」という立場からイスラームの教えを考究するサドラーらによる物の見方もある。「イスラームの深層」とはまさに、神と人の区別すら消えるような「唯一なる実在性」を基礎にして物を考えていこうとする人ということになるのかもしれない。
(CISMOR特別研究員 川本悠紀子)
※入場無料・事前申込不要
【主催】日本オリエント学会、同志社大学一神教学際研究センター
【共催】同志社大学神学部・神学研究科
20170225ポスター
20170225講演会プログラム