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<ドキュメンタリーフィルム上映+講演会>トルコにおける宗教間の共生―その課題と展望

公開講演会

第2プロジェクト 公開講演会

<ドキュメンタリーフィルム上映+講演会>トルコにおける宗教間の共生―その課題と展望

  • トルコにおける宗教間の共生1
  • トルコにおける宗教間の共生2
日時: 2010年03月06日(土)14:00−16:00
場所: 同志社大学今出川キャンパス 弘風館2階 K25教室
講師: 内藤正典 (一橋大学大学院社会学研究科 教授)
要旨:
 本講演は、いつもと違い、ドキュメンタリー・フィルムの上演が中心であった。このドキュメンタリーは、内藤正典先生と一橋大学の学生たちが、2008年12月にトルコでおこなったインタビューを元に作成されている。今日のトルコにおける世俗主義の在り方について、宗教指導者やジャーナリスト、一般の人々に意見を聞く、というのが、その主たる内容である。そうしたインタビューを通して、トルコにおける宗教間の共生の現状を紹介し、その明暗を浮かび上がらせようとしたものである。
 古代、文明の十字路と言われたトルコは、今日では国民の9割以上がムスリムであり、オスマン帝国以来のムスリム国家としてのアイデンティティをもっている。しかしながら、トルコは同時に、「キリスト」という語や使徒パウロが誕生した地でもあり、長くユダヤ教徒やキリスト教徒が生活してきた土地でもあった。そうした背景をもつトルコにあって、ムスタファ・ケマル(トルコ共和国初代大統領)以来の「世俗主義」の原則は、現在のトルコにおける宗教間の共生を可能にしている要因の一つとして挙げられる。
 アンタキアにあるカトリック教会の神父によれば、当地のカトリック信者とムスリムは昔から互いの宗教を尊重し合い、隣人として自然に暮らしてきた。事実、カトリックの教会ではイスラームの犠牲祭を祝い、逆に、復活祭のミサに参加するムスリムもいる。また、イスタンブールの主席ラビによれば、トルコのユダヤ教徒集団は、オスマン帝国の衰退に伴って弱体化したが、それにもかかわらず世俗主義があることによって、信仰の自由を保障されてきた。同様に、アルメニア正教会の聖職者も、トルコでは、自分たちの教会や学校、新聞を持つことができ、信仰集団として存続しやすくなっている、と述べる。
 しかし、世俗主義がはらむ矛盾を指摘する声も挙がる。コンスタンティノープル総主教によれば、トルコがギリシアと外交上の緊張関係に入ったことに端を発し、トルコ国内において正教会の神学者を養成することが禁止されている、という事実について説明した。それは、世俗主義が保証する信仰の自由を妨げるものではないか、と総司教は問いかける。また、今日のトルコが、AKPのもとでスンナ派中心主義になっている、という点にも手厳しい声が挙がる。例えば、政府の予算がモスクの管理に割り当てられている点、あるいはスンナ派の聖職者にだけ政府から給与が支払われている点、などである。そうしたことが、ムスリム以外の立場から、あるいはスンナ派以外の宗派から批判されているのである。後者に該当するアレヴィー派の指導者は、それを「世俗主義の空洞化」と表現し、政府に対してそのような差別の撤廃を求めている。一般の人々も、トルコが世俗主義を採用しているにもかかわらず、国民のIDカードに宗教欄があることについて矛盾を感じているようである。
 ふつうトルコ国内では、トルコの世俗主義を賞賛する声が多い。しかし、このドキュメンタリー・フィルムでは、上述したような今日的課題が人々の声を通して浮かび上がっており、宗教間の共生を考える上で興味深いものとなっている。

(CISMORリサーチアシスタント 高尾 賢一郎)
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