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フランスにおける「郊外の若者」の経験とイスラームについて

公開講演会

第2プロジェクト公開講演会

フランスにおける「郊外の若者」の経験とイスラームについて

  • フランスにおける「郊外の若者」2
  • フランスにおける「郊外の若者」1
日時: 2009年06月27日(土)13:30~15:00
場所: 同志社大学 神学館3階 礼拝堂
講師: 森 千香子(南山大学・外国語学部・准教授)
要旨:
第二次世界大戦後、ヨーロッパには安価な労働力として多数の移民が入植することになった。その中には多くのムスリムが含まれており、その人口はEU全体で約1500万人と概算されている。フランスはEUの中で最大のムスリム人口を抱える国であるが、過去20年間にわたり、ことあるごとにムスリムの存在がフランス社会との摩擦を引き起こし、問題視されている。その場合にイメージされているのは、社会的、経済的な意味で周辺化された貧困地域である〈郊外〉に居住し、主に北アフリカ出身の親を持つ若年層の男性ムスリムである。講演者は、そこに住む若者がどのようなムスリム意識を持っているのか、またその意識がどのような日常経験の中で形成されてきたのかという点を詳らかにした。
他の地域と同様に、郊外に住む若年層のムスリムにも就労状況や教育状況に関して多様性が見られ、それぞれの宗教実践にも幅がある。それにもかかわらず、彼らに共通しているのは自覚的なイスラームへの帰属意識と、アイデンティティとしてのムスリム意識である。こうしたムスリムとしての自己意識の形成においては、特に15歳から20歳までの期間、つまりおよそ中学校終了から高校生活の期間が決定的な役割を果たしている。講演者が実地調査を通して収集した事例が明らかにするのは、フランスの高校生活におけるネガティヴな経験が彼らのムスリム意識の形成に及ぼす影響である。
ある男子学生の事例によれば、彼は自身の親のような肉体労働者とは違った、より良い労働環境を望んでいたが、低学力のために普通高校には進学できず、職業訓練高校に行かざるを得なくなった。しかし、職業訓練高校への進学は、将来の職業が肉体労働者に決定されてしまうことを意味している。制度的には普通高校と職業訓練高校の選択はもっぱら学術の成績によって決定されるが、実際には白人は普通高校に、移民の子供は職業訓練高校に進学することが圧倒的に多く、結果的に「学校内のアパルトヘイト」とも呼ばれるような状況が存在する。こうした学校間格差を是正するために、フランス政府は、普通コースと職業訓練コースを同じ構内に設置する複合的な高校を設立したが、かえって、白人の普通コースと移民の子供の職業訓練コースという民族的隔離状況を可視化する結果を招いた。この経験を通じて、移民の子供自身も、進学格差を民族的カテゴリーと同一視するロジックを次第に内面化して行き、やがて一般社会からドロップアウトする傾向がみられる。こうした事例とは異なり、郊外の若者の中にも、普通高校から高等教育機関へ進学する学生がいるが、人生の各段階で困難に遭遇した際に、過去に受けた民族的差別の経験が呼び起こされ、その状況を民族的出自に由来するものと理解する場合も多い。
民間団体のムスリム・アソシエーションは、こうした郊外の若者の経験の受け皿となっている。その中でイスラームは、北アフリカ出身移民の貧しい親の世代が実践する大衆的な宗教ではなく、ターリク・ラマダーンに代表されるような中近東の高学歴富裕層の実践する「かっこいい宗教」として紹介される。そこでの経験は、以前の教育状況では決して得ることのできなかった知的欲求を満たし、西洋文明と比肩しうる、あるいはそれに優越する権威ある宗教としてのイスラームへと若者を誘う。このようにして、マグレブ移民という否定的自己イメージから、ムスリムとしての肯定的アイデンティティへの転換が生じるのである。
本来、公立学校は社会統合の役割を担わければならない。しかし、実際には教育格差を生みだし、貧困層を排除することで、結果として、フランスの一般社会に対抗する価値観を醸成する場所となっている。ムスリムの存在によってフランスの価値観が脅かされているとしばしば語られることがあるが、実際には、郊外の若者をイスラームの価値観へと向かわせる状況が公立学校にあると言えるだろう。

(CISMORリサーチアシスタント 上原潔)
【主催】同志社大学一神教学際研究センター
【共催】同志社大学神学部・神学研究科
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