同志社大学 一神教学際研究センター CISMOR

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ムハンマド風刺画事件とデンマークにおけるネガティブな『対話』

公開講演会

第2プロジェクト 公開講演会

ムハンマド風刺画事件とデンマークにおけるネガティブな『対話』
The Muhammad Cartoon Conflict and the Danish Politics of Negative Dialogue

  • ムハンマド風刺画事件1
  • ムハンマド風刺画事件2
日時: 2009年12月05日(土)13:00 - 15:00
場所: 同志社大学 新町キャンパス 尋真館地下1階 Z地下1教室
講師: ピーター・ヘルヴィク (一橋大学客員教授、CISMOR研究員)
要旨:
 人類学者であるヘルヴィク氏は、綿密な調査にもとづきながら、ムハンマドの風刺画事件について、次のように説明していった。デンマークは、人口550万人の小さな国で、そのうちムスリムは20万人、とりわけ熱心な信徒は2〜3万人だと言われる。そうした社会状況にあって、デンマークの多数派に属する人々は、たとえ公的な場であっても、少数派であるムスリムや少数民族について何を言ってもかまわない、と考えているふしがある。実際、たとえば議会などでも、ムスリムのことをヨーロッパにおける「ガン」であるとか「疫病」であるとする過激な発言がなされてきた。ムハンマドの諷刺画事件は、その延長線上に起こった事件であると考えなければならない。
 事件の発端をどこに求めるかは、いくつかの見解がある。通常は、2005年の9月に、デンマーク最大の日刊紙「ユランス・ポステン」が諷刺画を載せた時点であるとされる。しかし氏は、その発端を1930年代のヴァイマール時代にあると言う。では、なぜそのように考えるのか。
 諷刺画の掲載は、新聞社が挑発的に仕掛けたものであった。その背景には、現在のデンマークのジャーナリズムが、明らかに政治化しているということが挙げられる。そうした政治状況の転機は、とりあえずは2001年にあった、と言えるだろう。この年にはまず、ムスリムの若者三人が過激派の支持者として逮捕された。まもなくして9・11テロが起こり、その後に実施された国政選挙では、ラディカルな右派政党が勝利した。そして、その政権は、イスラームにたいして文化戦争といえるような政策を展開していく。ユランス・ポステン社も、そうした政府の方針に沿うように、自分たちの敵はこれまで「共産主義」であったが、これからは「イスラーム」である、と言うようになっていったのである。
 しばらくすると、イスラーム諸国の政府が、諷刺画の掲載にたいして非難の声明を出し、いくつかの地域にあっては民衆の暴動が起こる事態となった。ところが、デンマークの政府は、「言論の自由」があるから新聞社をコントロールすることはできない、と言うだけであった。欧米のメディアや研究者も、この「言論の自由」を守る、という論調をとり、イスラーム世界と歩み寄るようなことはなかったのである。
 氏は、こうした欧米の論調の背後には、いわゆる「ネオコン」(氏の表現ではNew Consevetives)のネットワークがあると考える。その代表的な論者であるサミュエル・ハンチントンは、自分でないものを憎んではじめて自分たちを愛することができる、という小説の一部を引用したあとで次のように言った。敵の存在は本質的なものであって、最も危険な敵意が生じるのは、文明間の断層においてである、と。これは、1930年代にナチズムの基盤にもなったカール・シュミットの「友敵理論」にほかならない。こうしたことから氏は、この事件の発端を1930年代のヴァイマール時代にあると言うのである。
 また、ネオコンの理論的支柱としては他に、レオ・シュトラウスがいるが、かれらにとって交渉や妥協がありえず、公共圏は「対話の場」ではなく「戦いの場」だ、ということになる。そうしたネオコンの認識に対処することが、今回の事件をより良い方向へ進めるための糸口であると氏は考えているようである。
 ネオコンが政治の表舞台から退き、その実像の解明が進められるようになっている現在、氏の見解についての思想的な検証がまたれる。

(CISMOR特別研究員 藤本龍児)
※英語での講演(通訳あり) ※入場無料、事前申込不要 ※お問い合わせ 075-251-3972(CISMOR事務局)
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