公開講演会

第一プロジェクト公開講演会

ローマ法王の悩み

  • ローマ法王の悩み1
  • ローマ法王の悩み2
日時: 2010年12月18日(土)13:00−15:00
場所: 同志社大学今出川キャンパス 神学館3階 礼拝堂
講師: 上野 景文(前駐ヴァチカン大使)
要旨:
 今日なおローマ法王は、国際社会のなかで比類なき存在感を示している。しかしその一方で、法王の悩みは尽きない。上野氏は、2006年秋から2010年の秋まで4年にわたって駐バチカン大使をつとめ、ローマ法王以下のバチカン幹部と接してきた。氏の講演は、在任期間中のエピソードを交えながら、法王の存在を中心としたバチカンの多様な側面について報告するものであった。
バチカンは第一に「国家」としての顔をもっている。国家の大きさはモナコ並みでありながら、その存在感はとても大きい。法王が治めているという意味でプレモダンな国であるが、その法王の存在こそがバチカンの存在感を支えている。法王は国際社会のご意見番として国際情勢に苦言を呈し続けている。法王はモラル・パワーを有し、強いメッセージ力を有しているのである。このため、今日なお各国首脳の「法王詣で」が引きも切らない。バチカンは一般に「Vatican City State(バチカン市国)」と呼ばれているが、より正式な国名は「Holy See(法王聖座)」である。このことからも分かるようにバチカンは、第二に、宗教機関としての顔をもっている。周知のごとくバチカンは、二千年来の歴史のなかでキリスト教の正統性を継承してきた。そして、世界に約四千人いる司教の任命権をもつことによって、その正統性をグローバルに張り巡らしているのである。そうした点でバチカンは第三に、国際機関としての顔をもっている。国土も国民もいないので、国と言うより国際機関だと考えるほうが理解しやすい。特徴は、国連に親近感をもち、「皆で話し合って物事を一緒に決めるべきだ」というマルチ外交を好むところである。ただ、ヨーロッパ偏重ではあることは否めない。例えば、現在の法王は、就任から5年間で50人ほどの枢機卿を任命したが、半分強はヨーロッパ人であり、3割近くはイタリア人である。人口比からすれば南北アメリカから5割以上を任命しなければならない。
バチカン‐カトリック教会は第四に、巨大クラブとしての顔をもっている。カトリック教会は、多数の国で大きなコミュニティを構成しているのである。カトリック圏において教会は、主として教育や福祉を通して社会に浸透し、文化的アイデンティティの源泉になってきた。例えば、先進国の中でイタリアは自殺率が最も低い。理由は様々あるとしても、社会的スタビライザーとしてのカトリックの役割が少なくないだろう。教会は単なる信仰の場ではなく、文化的・社会的アイデンティティの源泉としても機能しているということに留意しなければならない。第五にバチカンは、日本の宗教と違い、社会経済問題についても積極的に提言をおこなう。例えば、モラルなき市場原理主義に警鐘を鳴らしたり、資源の再分配のために政府の役割を重視し「小さな政府」論に疑義を呈したりしている。第六にバチカン‐カトリック教会は、ビックドナー(大援助供与者)としての顔をもっている。とくにアフリカにおいて大きな役割を果たしており、バチカン系のNGOである国際カリタスだけで、アフリカのHIV対策の20~30%を手がけている。第七にバチカンは、世界への発信基地としての顔をもっている。バチカンやローマにはカトリック系の機関紙・通信社が多く存在し、これらのメディアが報じたことは、翌日には世界中のカトリック系メディアが取り上げる。
このように多様な顔をもつバチカンの中心は法王であるが、その法王の悩みは尽きない。その一番の悩みは、(北部)ヨーロッパを中心に「脱キリスト教化」が進んでいることである。これは「神なき(新たな)信仰」が広がっているということである。例えば、ES細胞やクローニングといった科学主義、あるいは、中絶や安楽死、同姓婚といった、神より人間を優先する現代風の人権信仰が有力となっている。法王は、これらをキリスト教の根本に背く相対主義だとして批判する。
氏は、以上のようなバチカンやローマ法王についての分析をふまえ、最後に次のような提言をおこなった。欧米では、イラン革命やカーター政権の成立以降、外交戦略をたてる前に、各国の宗教事情について十分理解しておかなければならなかった、という反省が生まれてきている。現にドイツやフランスでは、外務省のなかに、宗教事情をフォローし、分析するセクションを立ち上げた。日本でも、世界的な宗教の復権に対するしっかりとした見方を打ち立てておかなければ国際社会を見誤ることになる。加えて、日本の宗教者は言動面でもっとアクティブになってもよいのではないか。氏の講演は、バチカンから世界を見て、その上で日本について考えるという、他では聞けない内容のものであった。     

(CISMOR特別研究員 藤本龍児)
*入場無料、事前申込不要
講演会プログラム