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古代・中世初期のユダヤ教とキリスト教

公開講演会

第5回ユダヤ学会議

古代・中世初期のユダヤ教とキリスト教
Judaism and Christianity in Late Antiquity and Early Middle Ages 

  • 古代・中世初期のユダヤ教とキリスト教1
  • 古代・中世初期のユダヤ教とキリスト教2
日時: 2011年10月29日(土)13:00-15:00
2011年10月30日(日)13:00-15:00
場所: 同志社大学今出川キャンパス 神学館3階チャペル
講師: 【10/29】オーラ・リモール教授(The Open University of Israel 歴史/哲学/ユダヤ学学部教授)
【10/30】ぺーター・シェーファー教授(米国・プリンストン大学ユダヤ宗教学教授)
要旨:
10/29(土)
オーラ・リモール
「ユダヤ教徒とキリスト教──対話・論争・不和」
Jews and Christians: Dialogue, Debate, Discord
  キリスト教とユダヤ教の関係は、類似性と激しい競争によって特徴づけられる。ユダヤ教とキリスト教は聖典を共有し、それぞれ自らと相手の関係を兄弟の関係(たとえばエサウとヤコブ)として理解する。しかしその家族的な類似のゆえに、両教は反目する。ユダヤ人は自分たちこそ神に選ばれた民、イスラエルであると考える。一方キリスト教徒は――長子権がエサウからヤコブに移ったのと同じように――選びはユダヤ人からキリスト教徒に移ったと考える。ユダヤ人がキリストを否定したからだ。キリスト教徒は、自らこそ霊的な、本当のイスラエルと規定するようになった。
12世紀ころまでのキリスト教世界では、ユダヤ人には「証人」として、一定の場が与えられていた。アウグスティヌスのユダヤ人論は、キリスト教のユダヤ教に対する態度の基本となった。彼によれば、ユダヤ人はイエスを信じなかったことで罰せられ、離散した。その離散したユダヤ人の存在自体が、キリスト教の正しさの証とするという。こうしてアウグスティヌスは、キリスト教の正しさの証人として、ユダヤ人には場が与えられるべきであると結論づけた。
またキリスト教はヘブライ語などの知識において、ユダヤ人の助けを必要とした。キリスト教世界において、ユダヤ人は罪人であるが、同時に、賢者、兄だった。ユダヤ人は微妙な平衡状態のもとにおかれていた。
教会はユダヤ人の強制改宗には反対したが、説得はずっとなされてきた。その一つのあり方が文学における宗教論争だ。キリスト教の立場から著されたものは、キリスト教徒とユダヤ教徒が一対一で対話し、前者が後者の質問に答え、最終的にユダヤ教徒が自らの否を認めるという形式が一般的だった。ユダヤ教の立場からも、同様のものが著された。どちらの立場から書かれたものも、イエスの神性、メシア、ユダヤ人の離散、聖典解釈などが主要な論点とされていた。
12-13世紀頃以降、キリスト教世界では、ユダヤ人ら少数派に対する寛容が失われた。ラテラノ公会議(1215)において、キリスト教会は自らの統一のため、敵対するものを明確化した。ユダヤ人は教会に敵対するものとされた。ユダヤ人はそれとわかる身なりをするよう求められ、他にも多くの制限が課されるようになった。またこのころから、ユダヤ人は聖書時代とは変質しており、もはや彼らに寛容にする理由はないとの見方も広まった。
先鋭なキリスト教徒は、熱心な布教によって、ユダヤ教徒をすべて改宗させようとした。また13世紀には、宗教論争が公の場での、ユダヤ教徒への裁判という形でなされるようになった。中世後期のキリスト教信仰では、イエスの受難、マリアの嘆きが強調されたため、ユダヤ人への反発は一層強まった。
こうして徐々に、ユダヤ人は悪魔化(demonization)されていった。ユダヤ教徒は法的に差別されて徐々に隅に追いやられ、ポグロムが起こった。15世紀末になると、ヨーロッパの多くの国でユダヤ人は追放された。その後の啓蒙主義も、ユダヤ人=悪というイメージを覆すことはなかった。
ただし近代になって、ユダヤ人への寛容を求める声も強まった。ヴァチカン公会議(1965)において、カトリックは、メシア殺害の責をユダヤ人全体に帰してはならず、教会はあらゆる迫害を拒否すると宣言した。この宣言に従って人々が動くよう願うと述べ、リモール氏は講演を締めくくった。
講演会後の研究会において、リモール氏は、「マリアとユダヤ教徒――ユダヤ・キリスト教の論争における処女マリア」という題の発表を行った。リモール氏は、マリア信仰をめぐって交わされたユダヤ教とキリスト教のあいだの討論をいくつか事例としてとりあげ、両教の論争の多様性について論じた。また処女降誕とマリア信仰の教義が、キリスト教の枠内にとどまらず、ユダヤ教とキリスト教の論争においても、中心的テーマだったことが指摘された。発表後は参加者との間で活発な議論が交わされた。
(CISMORリサーチアシスタント 杉田俊介)

10/30(日)
ペーター・シェーファー
「キリスト教出現に対するユダヤ人の反応」
Jewish Reponses to the Emergence of Christianity
  シェーファー氏の講演は新著に基づいたもので、ユダヤ教とキリスト教がいかにしてお互いを形作ったかを明らかにしようとする試みであった。ユダヤ教における神は一つで唯一であるという考えは、遠い昔から存在すると一般的に認識されている。しかし、この一神教の考えについて、ヘブライ語聖書が編纂されていた時代、またそれに続いた時代において、大きな論争が起こっていた。シェーファー氏は、当時の一神教に対する議論が一枚岩であったとする見解は誤解を招くものであり、一神教を修辞的なものと実践的なものとして区別して考える必要があると述べた。
西暦70年以降のタルムード期に、ギリシア・ローマ人は唯一神の概念や選民思想を批判し、初期のキリスト教セクトは三位一体論を形成していた。またグノーシス主義者は超越的な神とデミウルゴスの神を区別し、後者をユダヤの創造神として軽蔑していた。ラビたちはこれらのグループを「異端」として論争を繰り広げた。
現代の研究者たちは原典資料を収集し、この「異端」がどのグループなのかという研究を行ってきた。シェーファー氏は、自らの研究に基づき、ラビ資料中の論争から考えて、ユダヤ教、異端、キリスト教、グノーシスといった違いは明確ではなく、その境界は流動的であった可能性を示した。正統と異端の境界は長きに渡って流動的であり、このことはラビたちのアイデンティティー形成において重要であった。ラビたちは異端とキリスト教徒を敵対視し、互いを鏡としてその違いを明確にしながら、自分たち自身を定義していった。しかし、ユダヤ教のグループ内部においても多様性があり、ラビたちは「異端」の思想に影響された他のラビたちとも論争を繰り広げていたことが想定される。
シェーファー氏は、以上のような「正統」と「異端」の境界の流動性を前提に、ラビたちの論争を、創世記のエノクの例を用いて紹介した。創世記に登場する族長たちと比べて、エノクは比較的短命である365年しか生きなかった。その詳しい理由は聖書ではなく、エノク書に書かれている。神はエノクと共にいたかったので、地上から去ったときエノクも天に昇らなければならなかった。そして、神と共に天にいるためには、その姿を天使へと変容させなければならなかった。
エノク書は第一エノク書から第三エノク書まで存在しており、第一エノク書はエチオピア語で紀元前3世紀に書かれ、第二エノク書はスラブ語で紀元前1世紀に書かれた。そして、ヘブライ語で7世紀から9世紀に書かれたと考えられ第三エノク書では、エノクの変容の過程が第一・第二エノク書よりも詳細に描かれている。エノクが人間であることへのほかの天使たちの反発に対し、神はエノクが全てのものから唯一選ばれた者であると説明し、「神の御座の隣に座す者」という意味のメタトロンという名を与えた。さらに、神はメタトロンに知恵を授けたうえ、彼を天における自身の代理人として立て、「小ヤハウェ」と呼んだ。つまり、神はエノクをメタトロンという最高位の天使に変容させるために、人間としての存在を無にし、身体的特徴や天におけるランク付けにおいて神に最も近い者としたのである。
一人の人間をここまで神に近づけたことに、ラビたちが反論を展開した。しかし、第三エノク書が、タルムード期の次の時代の7世紀から9世紀に、バビロニアにいたユダヤ人によって書かれたと考えられていること、さらに、当時の一神教を理解する前提として、シェーファー氏が示した、それぞれの宗教集団間の流動的な境界線も、考慮する必要がある。つまり、第三エノク書のメタトロンは、イエス・キリストを意識して書かれたのではないかということである。
第三エノク書を記したバビロニアのユダヤ人たちは新約聖書の内容を知っていたはずである。シェーファー氏は、メタトロンを新約聖書の生まれた素地の一部であると考えるのではなく、むしろ新約聖書のイエス・キリストのメッセージに対する応答として理解する視点を示した。当時のラビたちにとって、イエスが天上に起源を持っており、人間として誕生したという理解は受容できないものであった。しかし、エノクはイエスと違って、地上に起源を持った人間として誕生し、神に選ばれて神聖な者とされ、神に仕える最高位の天使となったのである。つまり、エノクはイエス・キリストの役割を採用したが、その神話的側面は受け継いでいない。それはユダヤ教にとって受容できないものだからである。キリスト教の教えに応える形で、ユダヤ教的一神教の概念、あるいはメルカバの神秘主義に沿った救世主として第三エノク書に描かれたと考えることができるのである。

(CISMORリサーチアシスタント 山下壮起)
10/29(土) 
【テーマ】"Jews and Christians - Dialogue, Debate, Discord"
(ユダヤ教徒とキリスト教―対話・論争・不和)
10/30(日) 
【テーマ】"Jewish Responses to the Emergence of Christianity"
(キリスト教出現に対するユダヤ人の反応)

※英語講演:逐次通訳あり
※入場無料・事前申込不要
【主催】同志社大学一神教学際研究センター
【共催】同志社大学神学部・神学研究科
29日講演会プログラム

29日公開講演会映像 43分

ぺーター・シェーファー教授 講演会映像