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木下和の世界 -エジプトそしてイスラームの人々との邂逅ー

公開講演会

木下和の世界 -エジプトそしてイスラームの人々との邂逅ー

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日時: 2016年11月19日(土)13:00-14:30
場所: 同志社大学今出川キャンパス クラーク記念館チャペル
(京都市営地下鉄烏丸線「今出川駅」下車3番出口徒歩3分)
講師: 木下和
要旨:
 本講演は、木下和氏が同志社大学一神教学際研究センターに絵画「遺されしものへ~古都月映・カイロ’10」を寄贈いただいたご縁で実現したものである。木下氏は、美術を志すに至ったきっかけ、二人の師との出会い、エジプトに心を惹かれるようになった経緯について、エジプトの文化遺産にインスピレーションを受けて描かれた絵画作品を交えながらお話しされた。
 木下氏は、高校時代より歴史に興味を持ち史学を志したものの、諸事情からその思いを絶って広島大学の美術科に入学、師匠となる竹本三郎先生に出会われた。美術科は、美術の教員を養成するための課程であるため、日本画以外の科目、すなわち油絵、水彩、彫刻、デザイン、工芸、彫刻を修得しなければならなかった。しかし、美術科に入学したのがある意味偶然であったという木下氏にとって、様々な美術領域に挑戦するのは逆に新鮮で、特段躊躇することはなかったという。また、竹本先生と水彩画を描くようになり、人の何倍も描かなくてはならないと言われた時にも、「絵を描くのは上手ではなかったけれど、絵を描くのは好きだ」という信念のもと日々努力を重ねてきたという。
 大学入学後は、「単調なる日々の中に、浮遊する映像と映像との邂逅。順応すれども同化し得ない心質。その苛立たしさに、時と刻との間に身を委ね、固着しきった空虚さで、今日もまた、日々の証のごとく画面との対話がはじまる」という木下氏の言葉にも反映されているように、瀬戸内海の風景を原風景として捉えた作品を日々手掛けてこられた。在学中には、新制作協会に絵を出品してみるよう竹本先生に促され出品、初年度こそ入選を逃したものの、翌年には入選を果たしたそうだ。また、竹本先生の紹介で洋画家の荻太郎先生とも知り合い―といっても、高校二年の時に友人と一緒に行った現職の美術教員のために開かれていた講習会で荻先生に出会っていると判明したそうだ―、指導を受けるようになった。このように、二人の師との邂逅が木下氏の画家としての道に多大なる影響を与えたということが、講演会の前半で説明された。
 エジプトとの出会いは、1965年に京都市立美術館で開かれていた「ツタンカーメン展」に足を運んだ時とのこと。広島から夜行列車に乗り、朝から長い行列に並んで見た黄金のマスクやウジャトの目に魅了されたという。しかし、エジプトとの結びつきがより強くなるのは、1994年1月にエジプトをご夫婦で旅してからだという。ミナレットから流れるアザーン、アブシンベル神殿とラムセス二世の像、近代的なギザの街並みの中から突如現れるピラミッドと死者の街、生と死が交錯する不可思議な空間に惹きつけられたそうだ。
 木下氏は、その後も何度もエジプトに足を運んで何枚ものスケッチを描き、帰国後旅路で得たインスピレーションやスケッチをもとに数多くの作品を手がけられた(本講演では、その一部が紹介された)。美術の教員として勤めた高校を退職した2003年に開催した展覧会には、エジプト考古学者として知られる吉村作治先生が来訪され、「(この絵が)何時に描かれたものなのか、私にはわかる」との感想を伝えられたという。さらに2008年には、国際交流基金の協力を受けてカイロのオペラハウスギャラリーで個展「遺されしものへ ―エジプト・ファラオの伝言」を開催、木下氏の作品がエジプトでも紹介されることとなった。その後もエジプトの文化遺産や風景、現在は、推定樹齢170年でありながら今を盛りと咲き誇る自宅の裏山(江波山)のエバヤマザクラを主題とした作品を数多く手がけられ、現在も精力的に個展を開催されている。
 講演会には、木下和氏の教え子やご友人も数多く来場され、講演会終了後に行われた「遺されしものへ~古都月映・カイロ’10」の見学会も盛況のうちに幕を下ろした。
(CISMOR特別研究員 川本悠紀子)
※入場無料・事前申込不要
【主催】同志社大学一神教学際研究センター
【共催】同志社大学神学部・神学研究科
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