公開講演会

公開シンポジウム

激変する中東の深層を読む

  • 激変する中東の深層を読む1
  • 激変する中東の深層を読む2
日時: 2011年07月30日(土)13:00−15:15
場所: 同志社大学今出川キャンパス 明徳館1階 M1教室
講師: 小原克博(同志社大学神学部教授、CISMORセンター長)
内藤正典(同志社大学グローバル・スタディーズ研究科長/教授、CISMOR幹事)
村田晃嗣(同志社大学法学部長/教授、CISMOR幹事)
要旨:
小原克博「宗教は民主主義に必要か?」
 小原克博センター長は、主としてエジプトを例に挙げながら、今後の中東情勢を考えるうえで重要な問いとして「宗教は民主主義に必要か?」という問題を提示した。
 これまで欧米の政府は、宗教国家より独裁国家のほうがましである、と考えていた。とくにアメリカでは、いまだにイラン革命のインパクトが強く、イラン型の国家形成を警戒していたのである。ムバラク大統領の独裁体制のもとでは、ムスリム同胞団などが展開するイスラーム主義運動には弾圧が加えられた。ところが民主化運動以降は、多様なイスラームが出現してきた。そのなかには、民主化運動の最中にコプト教会を襲撃した過激なサラフィー主義者も含まれる。
こうした事態にたいして欧米では一般に、世俗主義や政教分離を導入しなければならない、と考えられる。しかし、そうすることで果たして中東は安定するのだろうか。
 たしかにムスリムの一部には、コプト教徒にたいして敵対心をもつグループもあるが、多数派は共存を試みている。しかも、サラフィー主義運動のリーダーであるカマル・ハビブは、コプト襲撃を認めて、そのようなことは二度としない、と言っている。実際かれは、イスラーム主義者とコプト教会の緊張関係を和らげようとする集会を開催した。あるいはムスリム同胞団でも、これまで男性中心的だった組織に、女性幹部を登用しようとする動きが出てきた。つまり最近では、それらイスラーム主義運動のグループも、穏健化することによって自らを民主化のなかに位置づけようとしているのである。民主化のバロメーターとして、「イスラーム主義の穏健度」を挙げることができるだろう。
 これまで民主主義については、欧米をモデルにしたリベラル・デモクラシーが想定されてきた。それは、宗教抜きで合意形成しようとする民主主義であり、世俗主義や政教分離を不可欠とする。しかし、それとは違うタイプの民主主義もあるのではないか。
今回の民主化運動の担い手は若者であった。現在、中東各国における30歳以下の若年人口の割合は、平均で60%を超える。かれらが「誇り」を回復するために求めたものは、仕事などの経済的基盤だけでなく、イスラーム的な価値に基づく尊厳や社会正義もあった。すなわち、今回の民主化運動は、公正や正義の重要な基準として「イスラーム」を掲げるイスラーム型のデモクラシーの可能性を示している、と考えられるのである。
そもそも欧米のように世俗主義を採用しようとすれば、公私の領域を区分しなければならない。しかし、イスラームにおいてそれは難しい。例えば今回の民主化運動では、最も公的な場所であるタハリール広場において「共同の祈り」が捧げられ、そうすることで運動が高揚していった。公私が区別されることなく、苦悩を分かち合い、死者を悼み、共に自由を求めたのである。
今回の民主化運動は、祝祭の場を形成し、新たな公共性を創出した、と言えよう。とするならば、今回の民主化運動のなかで形成された公共性の新しい定義、あるいは公共性の再定義について考えることが必要だと思われる。
 内藤正典「"アラブの春"への懐疑」
 内藤正典教授は、今回の民主化運動を「アラブの春」と称することには懐疑的にならざるをえないと言って、その理由を述べながら中東情勢の分析を進めていった。
 「○○の春」という言い方は「プラハの春」に始まって、「ソウルの春」など、いろいろな出来事で使われるが、概して欧米の期待に添うことが起こった場合、その点を強調するために使われることが多い。それに、そもそも、それらの出来ごとが良い方向に向かうだろう、という楽観主義的な観方を採ることもできない。
 今回の民主化運動では若者が中心となり、かれらがツイッターやフェイスブックなどの新しいメディアを活用したこともあって、革新的な革命であると見られている。しかし今後は、権力側もそうした新しいツールを使うようになることは確実で、それらの意義を過大評価すべきではない。あるいは「革命」というからには、政権打倒後の体制についてある程度のヴィジョンを持っていなければならないが、新しい展望は描かれておらず「反乱」というほうが適当であろう。
 また例えば、民主化運動の結果、エジプトで実権を握っているのが軍部であるということも、懐疑を抱かざるをえない理由である。これまでエジプトの国軍は、アメリカから膨大な軍事援助を受けてきた。そうした軍部が、どこまで民意に従うようになるのか、という懸念は拭い去れない。
 国際社会からの観点からすれば、ダブル・スタンダードの問題もある。今回、欧米諸国は、リビアへは介入したが、シリアへは介入しなかった。これは背後に、イスラエルの意向が働いているからだと考えられる。冷戦時代、シリアは反イスラエルの強硬派だとみなされてきた。しかし、それは全くの間違いで、表向きはアラブの盟主を自任し、イスラエルと対決する姿勢をとってきたものの、シリアは実のところ親米国家にほかならない。その意味で、イスラエルにとってシリアは中東において重要な国なのである。そのように、欧米諸国の人道的介入は、別の国際情勢に左右され、一貫性を欠いている。こうしたことからしても懐疑を抱かざるをえない。
それでは、中東の民主化運動をどのように理解すればよいのか。今回のことに限らず、イスラームと民主主義について考えるうえでは何よりもまず、次のことを前提としなければならない。すなわちイスラーム社会には、神から離脱することによって民主化が達成されるというコンセンサスはない、ということである。イスラームにおける自由とは、神と共にあることで成立する自由なのである。中東の民主化も、そのような思想をもとにして進むはずだと考えなければならない。いいかえれば、中東における一連の民主化運動の背景には「イスラーム的公正の実現」という理念が働いているのである。
 中東の民主化においては「イスラーム的公正」が重要なのであって、今回の民主化運動でイスラームを標榜する勢力が表に出なかったからといって、それは決して欧米型の民主主義が目指されたわけではない、というのが私の考えである。


村田晃嗣 「オバマの苦悩」
 村田晃嗣教授は、先の二つの報告をうけつつ、アメリカの政治情勢の観点から、中東の民主化運動について分析していった。
 今回の民主化運動の結果、アメリカ政府は中東各国の政権だけでなく、民衆にも対応しなければならなくなった。欧米諸国の場合、たとえインターネットなどでは事実かどうか確かめられない情報があっても、新聞やテレビなどの比較的根拠のあるメディアが存在するので、途方もないデマに惑わされることは少ない。それに対して、権威主義的な体制にあった国家では、政府がメディアを利用してきた過去があるので、民衆はオールド・メディアを信じていない。かといって、急速に発展してきたニュー・メディアを信頼することもできない。こうした状況は、民衆に途方もない混乱を巻き起こしてしまう。このことを認識しておく必要がある。
人口動態の問題についていえば、中東各国に若年人口が多く、それによって流動化や過激化が進む、ということは間違いない。ただし、さらに言えば、長期的な人口動態の変化が中東政治そして国際政治に大きな影響を与えるだろう、ということが予測できる。イエール大学の歴史家ポール・ケネディは、次のように指摘した。2050年までにイスラエルの人口は、アラブの人口に比べて圧倒的に少なくなる。長期的な人口動態からすれば、現在のイスラエルがとっているアラブへの強硬路線は長くは続けられない、ということがわかるだろう。そのことにイスラエルは気づくべきであるし、アメリカは路線を変更するように導かなければならない。
 ところが、アメリカの政権は、そのような長期的な展望のもとでは動けない。目下、米軍は、アフガニスタンからの撤退を始めているが、この撤退計画をみても分かるように、来年までのアメリカの中東政策(そしてアジア政策)は、2012年11月6日に行われる大統領選挙の動向に左右されざるをえない。
現職の大統領が再選される確立は68%である。しかしオバマ政権には、アメリカ経済の停滞、何より失業率の問題が大きく立ちはだかっている。アメリカの失業率は、オバマの就任時には7.8%であったが、現在では9.2%になっている。これまでの事例として、大統領選挙の前の月に失業率が8%を超えている場合、現職の大統領が再選されたことは一度もない。ある調査会社は、オバマ大統領が就任した時の生活と、現在の生活とを比較するアンケートを実施した。そこでは、「生活は良くなっている」と答えたのが34%だったのに対して、「悪くなっている」と答えたのは44%にのぼった。1980年の大統領選挙において、共和党のレーガンは、これと同じことを国民に問いかけ、民主党のカーターに圧勝した、という事例もある。
そのように2012年の大統領選挙は混迷することが予想され、アメリカが長期的な視点で中東政策を展開することは難しい。中東情勢を見る際には、そのようなアメリカの事情からの観点が重要になる、と言って村田教授は報告を終えた。
 以上のような三つの報告のあと、パネル・ディスカッションでは、イスラームの穏健化と民主主義の関係、人道的介入、パレスチナの独立への動き、そしてアメリカのイスラエル政策が中東に与える影響、などが議論された。

(CISMOR特別研究員 藤本龍児)
※入場無料・事前申込不要
【主催】CISMOR
【共催】同志社大学 神学部・神学研究科
シンポジウムプログラム