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無神論者としてのユダヤ人の創出:ロシア、その他

公開講演会

一神教学際研究センター・京都ユダヤ思想学会共催 公開講演会

無神論者としてのユダヤ人の創出:ロシア、その他

  • 無神論者としてのユダヤ人の創出1
  • 無神論者としてのユダヤ人の創出2
日時: 2008年12月02日(火)13:00~16:15
場所: 同志社大学 今出川キャンパス クラーク記念館 クラーク・チャペル
講師: Yakov Rabkin(モントリオール大学歴史学部教授)
要旨:
本講演においてヤコブ・ラブキン氏は、第二神殿時代以降のユダヤ人のアイデンティティ構築の歴史を概観し、18世紀の欧州に端を発する啓蒙主義思想の影響を受けたロシアこそが、民族的定義に依る「無神論者としてのユダヤ人」という新たな自己理解の創出地であったことを社会史的観点から浮き彫りにした。
ラビ・ユダヤ教の理解によれば、ユダヤの信仰共同体を担い支えているのは、専らトーラーとその教説である。この自己理解は、ユダヤ教を土地や神殿などの地理上の規定から解き放ち、他所へと移送可能な宗教とした点、またトーラーとその教説にのみに基礎を置くことで政治的野心を総じて放棄し、移住先の支配者と良好な関係を結ぶことを可能にした点で、ディアスポラ以降、今日に至るまで重要な意味を持っている。
キリスト教圏の欧州ではユダヤ人は長らく迫害の対象となってきたが、18世紀から19世紀初頭にかけて啓蒙主義が台頭することで、その状況に大きな変化が生じる。信仰の相違に依らない人間性と、その平等性を唱える啓蒙思想の普及により、ユダヤ人にも他の国民と同等の市民権が与えられた。それはまた宗教の世俗化をも惹起するものでもあり、ユダヤ教内部では改革派ユダヤ教などリベラリズムの潮流を生み出した。
啓蒙専制君主エカテリーナ2世の即位により、ロシア帝国にも啓蒙主義の潮流が波及し、一部ユダヤ人がユダヤ教から離反し始めた。居住地選択の自由が認められていたドイツやフランスとは異なり、農奴制の影響が残存するロシア帝国では、多くの農奴と同様にユダヤ人はユダヤ人居住区に留まらざるを得なかった。その結果、その制限された地域の内部で、正統派ユダヤ教徒と世俗的ユダヤ人との軋轢、緊張関係が他国では見られないほどに高まってゆくこととなる。その際、世俗的ユダヤ人は宗教的要素を退け、言語(イディッシュ語)と土地(ユダヤ人居住区)という民族的要素にアイデンティティの基礎を求めた。ここに民族的自己規定に依拠した「無神論者としてのユダヤ人」が創出されたのである。
この無神論者のユダヤ人は、19世紀末から始まるシオニズム運動の積極的な担い手となってゆく。1881年のロシア皇帝暗殺を契機にポグロムがロシア全土に波及し、ユダヤ人の間では「約束の地」に自民族の国家を建立しようとの気運が高まるが、その初期シオニズム運動の指導的役割を果たしたのは、ユダヤ人固有の領土を獲得し、そこでユダヤ文化を開花させることを悲願とする彼らであった。1920年代から30年代にかけてのソビエト国内での宗教弾圧や第二次大戦後の苦境を経た結果、無神論者のユダヤ人にとって、多大な労苦を負うことなく自民族の文化を保存、発展させることが可能となる安住の地はイスラエルのみとなる。また同時に、イスラエルにおける彼らの文化構築への専心は新たな抗争の火種ともなった。それは、かつてロシア帝国のユダヤ人居住区で生じたものと同じであり、つまりは正統派ユダヤ教と無神論者のユダヤ人との抗争である。この対立は今日のイスラエルにおいてもなお解決を見ていない。

(CISMORリサーチアシスタント・神学研究科博士後期課程 上原 潔)
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