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『オバマ政権の新中東政策を考える』

公開講演会

第2プロジェクト公開講演会

『オバマ政権の新中東政策を考える』

日時: 2009年07月25日(土)13:00~15:00
場所: 同志社大学 クラーク記念館2階 礼拝堂
講師: 山口 昇(防衛大学校・防衛学教育学群・教授)
宮家 邦彦(AOI外交政策研究所・代表)
要旨:
山口昇「オバマ政権の軍事戦略:中東を中心に」
オバマ政権の軍事戦略について山口氏は、ブッシュ政権の後半、そして最近になって出された公式文書を手がかりにしながら説明していった。
アメリカの安全保障戦略の骨格は、①基本的な考え方が記されている「国家安全保障戦略」②それを国防省が実施するための「国家防衛戦略」③それらの戦略を各軍や統合司令官が実施するための「国家軍事戦略」、という三つによって形成される。そのうち②と③は、兵力構成を焦点にして4年毎に見直しがおこなわれるが、これをQDRという。これらが基本となって、それにたとえば、今年3月に発表された「アフガン・パキスタン新戦略」といったような個別案件の戦略が加えられるのである。
2006年に出されたQDRでは、これまでと違ってアメリカのみ、軍事力のみでは何もできず、いろいろな方面とのパートナーシップを構築していかなければならない、という謙虚な判断が示された。そして、冷戦時代のような、通常戦力による紛争を想定した兵力整備(伝統型)から、テロなどの手段による脅威(非正規型)、大量破壊兵器などを用いたテロや「ならず者国家」による脅威(破滅型)、イランやロシア、中国など、アメリカの優位性を凌駕する技術や手段を用いた競争相手による脅威(混乱型)に対応するものへ、重点をシフトしていかなければならない、という問題意識が示された。
「国家安全保障戦略」とQRM(4年毎の役割と任務に関する報告)の要点としては、次のことが挙げられよう。戦略目標としては「本土防衛」が第一になった。これまでアメリカは、直接本土が攻撃されるということを考えてこなかった。ところが90年代に入り、北朝鮮のノドンやテポドンが増加し、オウムがサリン事件を起こすと、それに衝撃を受けてやっと「本土防衛」ということを意識するようになったのである。軍の主要任務としては、本土防衛と「民政支援」が第一とされた。従来においては、軍事力による抑止作戦が最優先されたので、これは画期的なことである。
ブッシュ政権との違いは、「アフガン・パキスタン新戦略」に表れている。オバマ政権はイラクではなくアフガニスタンを重視し、しかもアフガニスタンとパキスタンとの関係が不可分なものであるという認識を示した。テロ対策は、テロリストをたたくだけでは駄目で、かれらを育ててしまう環境をつくらないようにしなければならない。軍事的な側面よりもむしろ、治安回復や社会復興、産業育成、統治機構の整備などに力をいれ、しかも、それらをアメリカではなく現地の人々に担ってもらうことが肝要である。 以上のような軍事戦略の転換は、具体的なレベルにも反映するようになっている。例えば、「安全確保(Hold)ができない所を掃討(Clear)しても意味がない」という「Clear‐Hold-Build」という作戦戦略や、「ホスト国が行う最低限の行為は、米軍の最良の行為よりまし」という叛乱対処マニュアルなどに、その影響が見られる。テロ対策は、軍事だけでなく、さまざまな側面での広範な協力が必要であり、何世代もかかるものであるということ弁えなければならない。それを強調して山口氏は、講演を終えた。


宮家邦彦「オバマ政権の新中東政策?」
宮家氏は、中東問題にかんする俗説を一つひとつ検証しながら、アメリカの中東政策について説明していった。
第一に、中東問題はすべてパレスチナ問題に根源がある、という説がある。確かにイスラエルの占領は正当なものではない。しかし、第三次中東戦争(1967)以前に戻るというのは、もはや非現実的である。そもそも中東で、パレスチナのために本気で戦ったのはエジプトだけで、ヨルダン、レバノン、シリアといった他のアラブの国々はまともな支援をしなかった。むしろアラブ諸国は、自分たちの政権の正統性を維持するためにパレスチナ問題を利用した、といえる。したがって、中東が安定しない原因は、アラブ諸国の政権に、正統性や統治能力が欠如している、という点にもあると考えなければならない。
第二に、テロとの戦いは続く、という説がある。確かにそれは続くが、そこにアメリカの「自分との戦い」という側面があることに注意しなければならない。中東地域、とくに湾岸地域の安定には、イラン、イラク、サウジという三国のバランスが重要になる。1979年は、イランでイスラーム革命が起こり、この三国のバランスが崩れたという意味で画期的な年だった。力の空白を埋めるべく、イラクはイランに侵攻し、ソ連はアフガニスタンに侵攻した。アフガン紛争には、ソ連に対抗するためにイスラーム諸国から多くの義勇兵が参加し、アメリカはかれらを支援した。1989年にソ連軍が撤退すると、サウジにも義勇兵たちが帰国する。その頃サウジには、湾岸戦争ために米軍が駐留することになったが、かれらは、これに反対して急速に反米意識を高めていく。かくして、アル・カーイダが組織されることになった。かれらに戦闘の方法を教えたのはアメリカであって、アル・カーイダとの戦いは「自分との戦い」という側面をも持つのである。
第三に、中東政策はユダヤ・ロビーが仕切っている、という説がある。車の両輪からなる米国の中東政策は「イスラエル」と「原油(対アラブ)」という両輪の大きさがある程度揃わなければ前に進まない。特にブッシュJr.政権になると、そこに中東を民主化しようとする理想主義の軸が加えられたので、両輪はさらに回りにくくなった。確かに「中東の民主化」は、ユダヤ系が多いとされるネオコンが提唱したものであり、オバマ政権の大統領主席補佐官(R・エマニュエル)もユダヤ系米国人である。しかし、オバマ政権は「中東の民主化」という理念を採っていないし、エマニュエルはネオコンではなく民主党の主流派である。米国はイスラエルと特別の関係を持つといわれるが、アラブ・アメリカンが米国内で政治的影響力をもてないことも問題だと思う。
最後に、オバマの中東政策は新しい、という説がある。例えば、今年6月にカイロ大学でおこなわれたスピーチは、イスラーム世界との関係を改善するものだと評価を受けている。しかし、それはレトリックが素晴らしいだけで、政策面で新しいものはない。また、イランとの対話は目新しいが、実現は困難であると言わねばならない。「アフガン・パキスタン新戦略」も、新しいヴィジョンというより、新しい火種というほうが適当である。
宮家氏はこのように分析し、オバマ政権の一期目は、ブッシュ政権が過去8年間におこなった政策の負債返還に集中するのではないか、という展望を示して講演を終えた。

(CISMOR特別研究員 藤本龍児)
【主催】同志社大学一神教学際研究センター
【共催】同志社大学神学部・神学研究科/同志社大学アメリカ研究所・第3部門研究