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アッシリア浮彫りに描かれた物語絵画 ―時間と空間表現の観点から―

公開講演会

一神教学際研究センター・日本オリエント学会共催 公開講演会

アッシリア浮彫りに描かれた物語絵画 ―時間と空間表現の観点から―

日時: 2007年07月07日(土)14:00-16:00
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 神学館 礼拝堂
講師: 渡辺 千香子(大阪学院短期大学国際文化学科准教授)
要旨:
渡辺氏は本講演において、多くのスライド資料を用いながら、アッシリアの浮彫り彫刻における物語絵画の空間および時間表現について紹介した。
取り上げられたのはアッシリア美術において見られる、「異時同図法」(あるいは「連続する様式」)と呼ばれる表現形式である。この「異時同図法」とは、「同じ登場人物ないしはキャラクターによる、異なる瞬間に生じた複数の動作ないし行動が、ある統一されたひとつの空間の中に表現されたもの」と定義され、特定の時間および空間において、特定の登場人物ないしはキャラクターが演じる「物語」を、連続的に表現する手段である。
物語絵画の表現に関して美術界では、1766年にドイツの文学者レッシングによって「異時同図」の手法が画家による詩人の領分の侵害であると非難されて以降、単一の時間における場面で、物語の中でも最も含蓄ある「決定的瞬間」を描写することが良しとされ、絵画の中に異なる時間を持ち込む継続画面はタブー視されるようになった。しかしこのパラダイムは、19世紀末のオーストリアの美術史家ヴィックホフが、6世紀の写本に描かれた装飾挿絵の研究から、視覚芸術に可能とされる3種類の描写方法(「完結する様式」「特別扱いする様式」「連続する様式」)を提示したことで、転換されることとなった。
アッシリア美術史における異時同図の表現は、最も早い例として紀元前13世紀後半の王の祭壇画が挙げられる。ここでは同じ画面の中に王が祭壇に近づく姿とその前でひざまずく姿が描かれているが、この2段階の動作は、互いに密接に関わりあう継続する時間の中で生じたある特定の瞬間を扱ったものである。このように「連続する様式」には、比較的短い時間の中で生じる「連続する動作」と、物語の進展を独立した場面ごとに表す「連続する場面」という、異なる連続表現の形が含まれる。
そしてこの「連続する様式」は、紀元前7世紀中頃に、アッシュルバニパル王の浮彫り『ティル・トゥーバの戦い』において著しい発展を遂げる。この作品は、画面の中に「時間」の推移のみならず、「空間」の広がりを示唆する手法をあわせて取り入れている点で画期的な作品である。このうち時間については「連続する動作」が適用され、空間については、観る者に近いものを下に、遠いものを上に描く、アッシリア美術に特徴的な「上下遠近法」が適用されている。またこの浮彫りは詳細な銘文を伴っており、ストーリーの主要な流れを図像と文献という二つの手段によって辿ることができる。このような「連続する動作」は、観る者の興味と関心を物語の進展にひきつけ、各出来事をあたかもその場で目の当たりにしたかのような臨場感を与える効果を有する。
次に、北宮殿から出土したライオン狩り浮彫りでは、「異時同図」の技法が使われていながらも、時間的推移がはっきりせず、同一人物の異なる側面を同じ画面に描いているように考えられる。そして、紀元前648年にアッシリア軍がバビロンを陥落させた後、宮殿から没収した戦利品をアッシュルバニパルが観閲する場面を描いた『バビロン戦利品の観閲図』では、関連する碑文の内容と照合することによって、先に見た異時同図法と異なり、同じ空間の中で生じた異なる時間の出来事だけでなく、異なる空間で生じた異なる時間の出来事があたかも同一の空間で同時に生じているかのように表現されている。
このように紀元前7世紀のアッシュルバニパルの時代の浮彫りは、歴史的事件を扱いながらも、その事件の現実的な時間や空間にとらわれずに自由に画面を構成している。それは、異なる時間と空間を統合することによって、現実とは少し違う「物語」を形成しつつも、観る者にアッシリア軍の強さと王の偉大さをより効果的に印象づけることが意図されていた。宮殿の装飾として制作された浮彫りは、政治的なプロパガンダを劇的に演出しながら、観る者に訴える視覚的なメディアとして機能していたと理解されるのである。

(CISMORリサーチアシスタント・神学研究科博士後期課程 朝香知己)
当日配布のプログラム
『2007年度 研究成果報告書』p191-205より抜粋