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アラブの春と中東の民主化―イスラーム勢力の役割

公開講演会

アラブの春と中東の民主化―イスラーム勢力の役割
Arab’s Spring and Democracy in the Middle East:The Role of Islamic Forces

日時: 2011年07月25日(月)-
場所: 同志社大学今出川キャンパス 至誠館1階 S3教室
講師: アッザーム・タミーミー(ロンドン・イスラーム政治思想研究所所長)
ワリード・マハムード・アブデルナーセル閣下(駐日エジプト・アラブ共和国特命全権大使)
要旨:
元駐韓国大使・元外務省中東アフリカ局長で、現在同志社大学法学部客員教授の重家俊範氏と、ロンドンにあるイスラーム政治思想研究所長のアッザム・タミーミー氏による公開講演会「アラブの春と米国・中東関係の行方」が、CISMORの主催及び科学研究費補助金「中東における紛争防止の学際的研究の構築」(研究代表者中西久枝)プロジェクトとの共催により、開催された。
まず、重家大使が、オバマ政権の中東政策について、オバマ大統領が2009年6月にカイロ大学で行ったスピーチを引照基準として、解説と現時点での評価を行った。
重家大使によると、オバマ政権の中東政策の主な優先課題は、順に4つに大別できる。1点目はアフガニスタンからの米軍撤退であり、中東政策の最重要課題である。オバマ政権は、来年の大統領選挙をにらんで、アフガニスタンをテロの温床にしない形で撤退を成功させることに非常に強い意志を持っている。その意味で、ビン・ラーディンの殺害は、「テロとの戦い」が1つの節目を越えたことを示す「グッド・ニュース」であった。ただし、作戦の成功は、撤退によってますます必要となるアフガニスタン支援への理解・コンセンサスを米国内で低下させる「バッド・ニュース」でもある。
2点目は、中東和平(イスラエル=パレスチナ問題)である。大使も交渉に従事した93-95年の頃は、合意達成が目前にも感じられたが、ラビン首相の暗殺とネタニヤフ首相の登場が事態を全く変えてしまった。オバマ政権下でも目立った動きはないが、もしパレスチナが、9月の国連総会で加盟申請を実施に移すのであれば、話し合いを一層難しくする大きな問題になることが懸念される。しかし、それは、逆説的に見れば、交渉再開のための新たなチャンスになるかもしれない。
3点目は、「アラブの春」への対応である。地域の均衡が大きく崩れかねないという意味で、米国にとっては諸刃の剣だが、オバマ政権が取り得るオプションは、民主化を支援する以外にはない。安定と民主化という2つの命題のあいだの狭い道を、米国は慎重に漸進的に通っていく必要がある。とくに難しいのは、イスラエルへの影響が大きいシリア問題である。
4点目はイランの核問題で、構造的には、中東地域にとって最も大きな影響を持つが、手詰まり状態にある。現在米国では大きく2つの視点が存在している。1つは慎重な楽観論で、イランの核開発を受け容れた上で、その後の対応策を論じるものである。もう一つは非常に深刻な問題と見なすもので、イランを端緒とした核武装のドミノ現象が中東全体を掩うことを強く懸念する。しかし現在のところ、国際社会との協調の下で経済制裁を慎重に実施する以外に、オバマ政権には妙案がない。
以上の現状分析を踏まえて、オバマ政権の中東政策(そして外交政策全般)の特徴として大使が最も強調したのは、その姿勢が、基本的には、反応的で、イデオロジカル(思想的)でないことである。このことは、オバマの世界観が、良くも悪くも「フラット」であることに大きく起因している。確かにアフガン問題では、国内的配慮もあって、非常に強い意
志の下で、撤退政策を追求している。しかしカイロ演説が与えた期待感を考えれば、これまでの評価は非常に失望的だといえるかもしれない。結局、その内容は「失敗」に終わるのか、あるいはダイナミックな変化を見せることになるのか、今秋以降、オバマ政権の中東政策は非常に重要な季節を迎えることになると大使は結論した。 

(CISMOR特別研究員 中谷直司)


 続いて、タミーミー博士が、「アラブ革命とパレスチナ問題」と題し、チュニジアに端を発した中東の政治変動と中東和平の関係を、以下のように分析した。
アラブ諸国の視点から考えると、パレスチナ問題は西欧による中東の植民地政策がもたらした人道的な悲劇とも言うべき問題である。そのルーツは、フランスとイギリスが締結した1916年5月のサイクス・ピコ条約にある。当時英仏が画定した植民地支配上の領域的な線引きが、現在のシリア、レバノン、ヨルダン、イラク及び他のアラブ諸国の国境線となったのである。つまり、現在の中東諸国の国境は元来人為的なものであり、人々の意思に反したものである。後に米英の支援で建国した1948年のイスラエル建国により、パレスチナ人は祖国パレスチナを追われ、パレスチナ内の難民キャンプで生活したり、周辺のアラブ諸国をはじめとする世界各国に難民として移住したりすることを余儀なくされた。
パレスチナ人は、2011年1月12日に端を発した一連の「アラブの革命」とそのインパクトをシオニズムの終わりの始まりとして捉え、歓迎している。エジプトのムバラク政権はレバノンと並んでパレスチナ人を「招かざる厄介者」として扱ってきたこと、またイスラエルとの和平条約を1978年に締結したため、チュニジアと並んでシオニストに加担する政権だとパレスチナ人は捉えてきたため、その政権の崩壊は、パレスチナ人を勇気づけた。しかしながら、イランと並んで支援をしてきたシリアのアサド政権が、現在のように反体制派の運動に挑戦を受ける事態に発展することは、パレスチナ人もそしてまたダマスカスのハマスの指導者ハリド・ミシャールも予測していなかった。
シリアの内戦化する情勢は、パレスチナ人にとっては打撃を与えるものであった。他方、この予期しない変化は、これまで対立してきたファタハとハマスの和解をもたらした。エジプトとトルコの仲介による今年5月上旬の両派のカイロでの和解合意は、アラブの革命がもたらした大きな変化と言える。また、両者の和解により、今年9月にはパレスチナ自治政府は、国連で「パレスチナの独立国家」建国への決議を試みる方向性が示されたことも注目に値する。今後の中東は、言語と宗教の共通性のもとによりアラブの連帯が加速し、中東イスラーム世界におけるイスラーム主義運動は、これまで以上に発展するだろう。
その後、モデレーターの村田・中西両教授を加えたパネルディスカッションと、両講師に対する質疑応答が行われた。会場からは多くの質問が出て、活発な議論が展開され、講演会は盛況に幕を閉じた。

(同志社大学グローバル・スタディーズ研究科教授 中西久枝)
※英語講演:通訳なし
※入場無料・事前申込不要
【主催】同志社大学 グローバル・スタディーズ研究科/科学研究費補助金『中東における紛争防止の学際的研究の構築』(研究代表者:中西久枝)/CISMOR
講演会プログラム