公開講演会
マスメディアと宗教――日本のマスメディアによるイスラーム世界の報道
日時: |
2005年03月12日(土)2時~4時30分 |
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場所: | 同志社大学 今出川キャンパス 神学館 礼拝堂 |
講師: | モスタファ・レズラーズィー(前アルジャズィーラ東京オフィス・プロデューサー) |
要旨: | |
レズラーズィー氏は、現代における日本人のイスラーム観について、主にマスメディアとの関係から論じた。氏によれば、日本人のイスラーム世界やムスリムに対する関心は、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争などを経て飛躍的に拡大しており、これには諸メディアからの情報も大きく関係しているという。 講演に先んじ、氏は、今日メディアが人々に及ぼす一般的な影響の大きさ、またメディア自体が報道の担い手やスポンサーの意向など様々な要因によって有する「制限」について述べた。さらに、メディア番組から中東諸国に対して日本人が持つ最近の意識調査に言及し、多くの日本人が中東の国々について「居住したい地域、あるいはそこに所属したい地域に該当する国ではない」としていると報告した。 氏はまず、日本人のイスラーム観の歴史的背景として、「イスラーム」の呼称の変遷について説いた。明治初期までの(1)回教は中国に由来していたが、明治時代の終わりごろには欧米の書物などの影響を受け開祖がマホメット(ムハンマド)であると認識したことから(2)「マホメット教」とよばれるようになった。昭和初期には東南アジア諸国への進出によってムスリムと接触したことから(3)「イスラム教」という呼称が取り入れられた。1945年以後はアラビア語、ペルシア語などを習得した日本人の研究者、ジャーナリストが現れるようになり、アラビア語から直接取り入れた(4)「イスラーム」が周知されるようになった。日本人ジャーナリストたちは、3度の中東戦争を通じて、現地で直接取材するようになった。またこのようなメディアの拡張は、この頃の石油ビジネスの増大など、日本の国益にも合わせられていたという。 次に、1991年の湾岸戦争後のメディアと日本の視聴者について論じ、この時から日本政府も独自の外交判断を下すことを迫られ、世界秩序問題に積極的に関わっていかざるをえないことが人々にも自覚され始めたという見解を述べた。この頃から大学機関で、イスラーム学や西アジア・中東地域を対象とした地域研究の学科が設置されるようになった。中東研究がピークを迎えたのはこの頃であり、海外からの研究者の招聘も活発に行なわれた。アフガニスタン戦争後はアラブ世界においてもマスメディアが台頭し、これらのメディアは日本の視聴者に対しても影響力を持った。ほとんど全ての日本のテレビ局がアラブの放送局と何らかの提携関係を結び、イラク戦争を直接報道するチャンネルを持つようになったのである。 氏は、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争を経て、日本人が中東を見る目がより客観的になり、イスラームのとらえ方も改善されてきたように見受けられると結論付けた。 講演終了後は、アル・ジャズィーラの報道方法や、報道における視点の置き方、スタッフなどについて来場者から質問があり、活発な質疑応答が行なわれた。 (COE研究指導員 中村明日香) |
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