同志社大学 一神教学際研究センター CISMOR

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中国における宗教── 一神教に焦点を当てて

公開講演会

第1プロジェクト 公開シンポジウム

中国における宗教── 一神教に焦点を当てて
Religion in China: Focusing on the Monotheistic Religions

日時: 2011年09月24日(土)13:00-15:15
場所: 同志社大学新町キャンパス 尋真館4階Z40教室
講師: 徐 新(中国・南京大学教授、ユダヤ学研究所所長)
王 再興(中国・襄樊学院講師、CISMOR共同研究員)
敏 俊卿(中国回族学会副秘書長)
要旨:
 世界最大の人口を背景に急速に経済発展を続ける中国は、世界最大の「非キリスト教国」だが、同時にそのキリスト教信者数は、人口の約1割=1億人に達する(推定)。また国土の非常に広い範囲に回族を中心とした数千万人のムスリムが居住し、人口は限られているが、非常に古い歴史を持つユダヤコミュニティーが存在している。こうした独自性と多様性を持つ現代中国の一神教理解を共通テーマとして、中国のユダヤ教、キリスト教、イスラームのそれぞれの専門家が、解説を行った。


徐新"中国のユダヤ教をたどる"
 徐教授によれば、中国のユダヤ教の歴史は3つの段階に区別される。1つ目は、開港=1840年以前であり、特に1000年に及ぶ歴史を持つ開封市のユダヤコミュニティーが知られている。2つ目は、開港以後にやってきた、「近代のユダヤ人」であり、まず香港、ついで上海、ハルピン、天津と、代表的な開港都市の租界に、独自のコミュニティーをつくりあげた。彼らニューカマーのユダヤ人は、開封のユダヤ人とは異なり、明確に「外国人」と区別された。3つ目は、第2次大戦後、とくに1949年の共産化以降である。その頃までに、ナチスの迫害を逃れてやってきた者を含めて約4万人の「ニューカマー」のユダヤ人がいたが、英領に残った香港を除いて、そのほとんどが去っていった。貿易などの事業を維持できなかったためである。
 ただし1978年の改革開放以降、外国人の投資誘致の狙いもあって(このことは1840年以降と状況が似ている)、ラビによる宣教が認められたり、政府の支援で歴史的なシナゴークが「博物館」として再建されたりしている。もともとユダヤコミュニティーが存在しなかった北京にも、祈祷の場所が設けられた。


王再興"現代中国におけるキリスト教"
 ついで、王講師が「官制教会」と「家庭教会」(地下教会)の対照を軸に、中国キリスト教の現状を説明した。前者は、プロテスタントであれば「三自愛国運動委員会」に、カトリックであれば「中国天主教愛国会」に属す教会を指す。どちらも教会統轄のための全国組織で、政府の管理下にある。政府組織の統計上、中国のキリスト教徒とされる3000万人(うちカトリックは600万人)は、こうした官制教会に属す信徒である(なお、よく知られているように、中国はバチカンと国交がなく、ローマ教皇の叙任権も認めていない)。対して後者は、政府非公認の教会の総称(俗称)で、地方レベルでも統一組織を持たない。
 教会の運営上、恵まれているのは、政府の保護を受け、外国人宣教師由来の立派なチャペルを持つ官制教会である。しかし王講師は、外国勢力からの自立を目的とした三自運動(自治・自養・自伝)の歴史的意義は認めつつも、政府管理が足かせとなり、改革開放以後の社会情勢の急速な変化に、官制教会は対応できていないと指摘する。対して、草の根の大衆運動に支えられた家庭教会の方が、むしろ本来の意味で「独自路線」を歩んでおり(これを王講師は「市場モデル」と呼ぶ)、その若いリーダーが、民主化運動のリーダーを兼ねている場合も見られる。こうしたことから、中国政府は家庭教会への統制や監視を強めているが、中国キリスト教の主流は、幅広い社会階層に支えられた家庭教会になりつつあると王講師は力説した。


敏 俊卿"中国におけるイスラーム"
 敏氏は、最近10年間の状況を中心に、中国におけるイスラームの「発展」を解説した。中国のムスリム人口は、政府確認の数字で約2300万人を数え、甘粛・青海両省の回族(いくつかの部族に分かれる)と、新疆のムスリム(6つの民族からなる)がその多くを占める(この数字に、回族の非ムスリムや、伝統的なムスリム以外からの入信者は含まれていない)。ただし、回族を中心としたムスリムは中国全土に分布しており、その広がりは漢族に次ぐ。このように中国のムスリムは非常に多元的で、それぞれ強い文化的・地域的な特徴を持つが、中国政府の保護のもとで、全国組織の「中国イスラーム協会」が存在し、ムスリムの宗教活動を指導している。
 こうした状況を踏まえて敏氏は、ムスリムの宗教的ニーズが基本的に満たされていることを強調した。メッカへの巡礼は、中国イスラーム協会によって毎年統一的な大巡礼団が組織され、聖職者の養成も、同協会の神学校や民間の養成機関によって行われている。モスクも、平均してムスリム400人に対して1つ存在するという。また、内外を問わずムスリムの流動性は非常に活発(主に、1.回族の沿岸部への移動、2.メッカへの巡礼、3.東南アジア地域との交流による)で、中国社会全体にも少なくない影響を与えている。こうした「発展」を受けて、1990年代以降、中国のイスラーム研究は質量ともに充実し、とくに2000年以降、回族出身の若い研究者の活躍が見られる。
 以上の三氏の講演を受けて、パネルディスカッションが、ついで非公開研究会が行われた。どちらでも、公開講演会の内容に基づいて、非常に幅広い議論が活発に行われたが、なかでも、ユダヤ教については、「ユダヤ人差別」の有無および共産化以後のユダヤ人の国外流出の原因が、キリスト教については、民主化運動との関係が、イスラームについては、全国的な統一組織の形成過程と、イマーム(イスラーム指導者)の養成システムが、重要な論点となった。
 このなかで徐教授は、中国では歴史的に宗教の違いが大きな問題とはならず、かつ西欧的な「ユダヤ人」概念が歴史上存在しなかったので、経済的な困難と初期共産党政権の宗教統制策が、ユダヤ人の流出の主な原因となったことを説明した。
 王講師は、改革開放以後の中国政府は、西側諸国との協調を意識して基本的にキリスト教を歓迎してきたが、ここ最近、家庭教会と民主化運動の合流の動きが見られるため、警戒や場合によっては弾圧を強めていることを説明した。とくに中東の民主化運動("アラブの春")が顕在化して以降、この動きが顕著だという。
 敏氏は、中国イスラーム協会は国家の保護のもとで組織され、予算・人事をすべて政府が提供・管理するなど、半官半民の組織と言えること、またキリスト教の地下教会(家庭教会)に相当するものも存在することを説明した。ただし、いまだイマームの絶対数は不足しており、その教育レベルも、キリスト教の聖職者と比較すると決して高くない。このため、政府の援助のもとで、イスラーム協会所属の神学校の拡張が行われている。この拡張が完成すれば、定員が飛躍的に増大すると同時に、博士課程にいたるまでカリキュラムが完備され、外国からの講師招聘も可能になるという。高い質を備えたイマームの養成には、海外留学の道もあるが、中国政府は国内での養成を重視していることから、神学校の拡張政策は、国家にとっても重要な意味を持つ。


(CISMOR特別研究員 中谷直司)
※中国語講演・同時通訳あり
※入場無料・事前申込不要
【主催】同志社大学一神教学際研究センター
【共催】同志社大学神学部・神学研究科
講演会プログラム