同志社大学 一神教学際研究センター CISMOR

> 公開講演会 >

宗教間対話の問題点 ―イスラーム理解を中心に―

公開講演会

一神教学際研究センター主催公開講演会

宗教間対話の問題点 ―イスラーム理解を中心に―

日時: 2008年07月19日(土)午後1時~2時30分
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 至誠館32番教室
講師: 塩尻 和子(筑波大学特任教授)
要旨:
イスラームと宗教間対話を巡る問題と展望を述べるにあたり氏は、まずイスラームにおける現代のグローバリゼーションの意味を検討することから始めた。イスラームは元来セム的三宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム)の中では最も多元主義的な宗教として、本来のグローバリゼーションという概念を継承する宗教であった。しかし経済的「囲い込み」の性質を備えた今日のグローバリゼーションはアメリカ主導の下、イスラームをはじめとした「他者」を排するロジックになっている。氏は今日のグローバリゼーションがかつての概念へと近づくことが、宗教間対話形成のための道筋の一つだとした。
続いて氏はイスラーム神学思想を巡る「共存」のジレンマについて触れた。イスラームはこの世に信仰者と不信仰者がともに存在することを前提としているが、そのことは神の前で人間が必然的に「不平等」であることを示す。その意味では同じ地域社会で平等な権利と義務の下でともに暮らすという今日的な意味での「共存」と、その信仰者と不信仰者との「共存」との間にはすべからく齟齬が生じる。これはどの宗教にも見られる、深刻な問題である。イスラーム世界の歴史の中で実現した共存体制とは、たとえば「保護民政策」のようにあくまでもイスラームの優位性を認め、その支配が行われるというものである。その意味ではそれは決して「平等な権利と義務」による社会体制ではなかった。
ただし、そのような支配体制が一般市民レベルでのムスリムと異教徒との間に抑圧的な関係を設けたわけではない。また「自宗教の優位性を認識する」という宗教一般に共通した問題を、イスラームの場合にのみ頑迷固陋な性質と見なす世間の指向には、やはりイスラームに対する偏見や誤解が存在しているのだと、氏は指摘する。
このような問題に対し現代の学者達はどのような取り組みを行なっているのか。氏はヨーロッパで活動するターリク・ラマダーン氏を取りあげた。ラマダーン氏はイスラームの一神教概念を表す「タウヒード」(神の唯一性、の意)の本来の意味を「神とともに在ることは、人類とともに在ることである」と説明し、そこにおいてムスリムは最終的に非ムスリムの共同体に対して自らの信仰について証言する義務を負うとした。これは彼が自身の活動本拠地であるヨーロッパにおいて、ムスリムにとってのそこでの課題を「シティズンシップ」とする主張に直結する。ラマダーン氏は移住と共存によって誕生したヨーロッパのムスリムにとって重要なのが、シティズン(市民)としてヨーロッパ社会との関係を築くことだと述べる。
信仰者と非信仰者との差異化を生む宗教の間では、たがいの教義などをあまり知らない方が良いという「非ロゴス的対話」のほうが重要であると説く声もある。しかし「宗教の基盤についての探求なくしては、宗教間の対話はない」とカトリックのハンス・キュンク神父がかつて述べたように、氏は特にイスラームの場合、その偏見と蔑視を削ぐためにも、たがいについての学びを継続する必要があるとして、講演を締めくくった。

(同志社大学神学研究科博士後期課程 高尾賢一郎)
当日配布のプログラム