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2008年アメリカ大統領選挙と宗教勢力

公開講演会

2008年アメリカ大統領選挙と宗教勢力

日時: 2009年01月31日(土)午後1時~3時
場所: 同志社大学 神学館3階 礼拝堂
講師: 久保 文明(東京大学大学院法学研究科教授)
中山 俊宏(津田塾大学学芸学部准教授)
要旨:
【講演タイトル】
2008年アメリカ大統領選挙における宗教/久保 文明
政治と宗教の新たな関係:変貌を遂げる福音派/中山 俊宏


久保文明氏は、マクロの視点から「2008年のアメリカ大統領選挙における宗教」の役割を分析し、その全体像を描いた。一般的に、共和党と民主党の対立軸は、経済政策においては大きな政府か小さな政府かということ、支持者の人種としてはWASPかWASP以外かということなどがよく言われるが、もう一つ重要な対立軸があって、それは、ほとんど教会には行かない「世俗派」か、熱心に宗教を信じる「信仰派」かというものである。
今回の投票傾向を、ニューヨークタイムズの出口調査によって分析してみると次のようなことがわかる。全投票者の42%を占める「白人のプロテスタント」の票は、共和党がダブルスコアに近い数を獲得。19%を占める「白人のカトリック」の票は、共和党がややリード。2%を占める「ユダヤ人」の票は、圧倒的に民主党が獲得。38%を占める「ボーンアゲイン(宗教的生まれ変わりを体験した)もしくはエヴァンジェリカル(福音派)のクリスチャン」の票、そして 40%を占める「少なくとも一回は教会に行く人びと」の票は、圧倒的に共和党が獲得。こうした数字からも、民主党と共和党が宗教によって対立しているということは明らかといえる。
しかし、これまでに比較して、今回の選挙に特徴的なこともなくはない。例えば、民主党も、信仰心の篤い人びとからの票をやや伸ばし、善戦したこと。また白人の福音派でも、民主党に投票した若者が増えているということ、などである。とはいえ今回は、経済問題が中心的な争点になった選挙だったので、こうした結果をもって直ちに宗教的対立が緩和された、とは言いにくい。ただ、オバマ大統領は、大統領就任式で多様な背景をもつ宗教指導者を採用したり、人工妊娠中絶の件数そのものを減らす政策を講じたりして、宗教的対立の争点の解消をはかろうとしているようである。
中山俊宏氏は、今回の大統領選挙における「福音派の変貌」について分析し、政治と宗教の関係が変化しつつあるのではないかと主張した。今回の選挙では、経済問題が中心的なファクターとなり、宗教問題は全体としては後景に退いた。しかし、民主党と共和党の間の「ゴッド・ギャップ」がなくなったわけでなく、依然として共和党の方が宗教票をおさえているという構図は変わらない。
民主党は、今回の選挙に勝つためには信仰について語らなければならないという認識をかなりはっきりもっていた。実際、バラク・フセイン・オバマは、「ボーンアゲイン・リベラル」と呼ばれることもあるように、従来の信仰と距離をおくリベラルとは異なり、自身の信仰についてごく自然に語ることができた。その中で、彼は信仰の多様な在り方について語った。そうしたところにオバマの強みがあったといえる。それとは対照的に共和党のマッケイン候補は、福音派からしっかりした支持を取りつけることはできず、今回の選挙では、宗教票の重要性が相対化されてしまった。
こうした変化を理解するには、近年における福音派の変貌について考えなければならない。その変貌とは、第一に、福音派の台頭を支えた第一世代の指導者たちが、高齢化によって影響力を失ったり、他界して表舞台から退場したりしたことが挙げられる。これにともない、第二世代のリーダーや彼らに共感する若い世代の福音派が、第一世代とは異なる問題、すなわち貧困やエイズ問題、アフリカにおける人道危機、さらには地球環境問題などに関心を向けるようになったことである。かれらは、中絶反対という立場を変えたわけではないが、福音派の信仰が「不寛容」や「排他性」の最たるものだと見られることに対して違和感もち、そのため、よりいっそう包括的に「プロライフ(命の側に立つ)」という姿勢を貫いていこうという意識を持ちはじめたのだと考えられる。
氏は、こうした新しい世代の福音派の問題意識は、権力志向が弱く、残念ながら現実のアメリカ政治を変えていく力をもたないのではないかという。それはむしろ政治と一歩距離をおこうとしているように見えるという。ただ、こうした問題意識をもつ勢力が増えていけば、従来のように宗教勢力がどちらかの政党に密着するということはなくなるかもしれない、という展望を示した。

(CISMOR特別研究員 藤本龍児)
【共催】 同志社大学 一神教学際研究センター/神学部・神学研究科
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