第1プロジェクト 第1回研究会

イスラームにおける理性(‘aql)と伝承(naql)―スンニー派とシーア派

日時: 2010年06月05日(土)14:30−17:20
場所: 同志社大学 至誠館3階 会議室
発表者:
  • 鎌田 繁(東京大学 教授)
コメンテーター:
  • 中田 考(同志社大学 教授)
要旨:
 啓示宗教としてのイスラームは、人智では判断できない超越的な神のメッセージ(とされるもの)によって成り立っている。しかし同時に人間は、この神の啓示を自ら理解して、様々な行動と思想を組み立てていく必要がある。さらにイスラームもアラビア半島を出て広く拡大していく過程で、多様な地域社会の問題に対処する必要があった。この過程で、①人間の「理性」('aql、アクル)の発揮を比較的自由に認めるものと、②それをなるべく避け、神の言葉であるクルアーンと預言者ムハンマドの言行・判断の記録であるハディースからなる「伝承」(naql、ナクル)を重視するものという、2つの思想的傾向が現れた(シーア派の多数派である十二イマーム派の場合は、ムハンマド後の12人のイマームの言行・判断も権威あるナクルとなる)。
 各地域で発達した理性知と伝承知を組み合わせて、イスラーム法解釈の体系を作り上げたのはシャーフィイー(840年没)である。彼はイスラーム法の法源をクルアーン、スンナ(ハディースに基づく預言者の言行)、イジュマー(ムスリム全体の学者の同意)、そしてキヤース(先例からの類推)の4つに分類した。「理性」の発揮にあたるのがキヤースである。しかし、現在は消滅しているが、出来るだけ人間の理性的判断を避けようとするザーヒル学派がかつて存在した。現存するスンニー派の4法学派の1つであるハンバル派も、同様の傾向を持っている(あとの3つはマーリク、ハナフィー、シャーフィイー)。
 シーア派の法学にとって(場合によっては神学にも)重要なのはウスール派とアフバール派である。現在イランで主流を占めるウスール派は人間の理性的判断を非常に重視する。他方、現在力を失っているアフバール派は伝承知を非常に重視し、ハディースの信憑性を論ずることは理性の行使であるとして避けるため、結果的に、それを自由に使用する。以上
のように、スンニー派でもシーア派でも、理性知を比較的重視するものと、その使用をできるだけ避けようとするものと、2つの傾向が法学の中に存在している。
 神学にとって重要なのは、理性的な議論を非常に重視したムウタジラ派である(全盛期はアッバース朝の初期)。結局スンニー派ではその主張は否定されたが、〈論理的に議論を進める〉という方式は、伝承知を重視するスンニー派の神学の中にも残った。他方、シーア派の正統神学には、ムウタジラ派の議論がほぼそのまま流れ込んでいる。加えてユダヤ教の神学は、ムウタジラ派の影響によって形成された。
 古代ギリシャ哲学を継承し、また理性的判断を極端に推し進める行為である哲学(このため哲学者はしばしば不信仰者と非難を受けた)についてはどうか。まずスンニー派では、アリストテレスの注釈書を多数執筆し、ヘブライ・ラテン両言語への翻訳を通じて結果的にスコラ哲学を生み出すイブン・ルシュド(1198年没)が、自らの哲学を正当化するためにクルアーンの章句を引いたこと以外は、伝承知と理性知の関わり合いはあまり見られない。他方、シーア派の文脈においては、両者の結びつきはより強く、それが顕著に見られるのがモッラー・サドラー(1640年没)である。サドラーは、イスラームの神秘思想家イブン・アラビー(1240年没)の存在一性論(この世のあらゆるものが神的なものの顕現であるとする思想)と、アリストテレス哲学の実体論を統合して、「実体運動論」を展開した。この結果サドラーは、古代ギリシャ哲学の“常識”では相容れない実体(アイデンティティー)と運動(変化)を1つに結びつけて議論し、神の意志に基づく一瞬一瞬の「変化」こそが、表面上は固定的に見える「実体」の本来の性質であると主張したのである。その際サドラーに大きなインスピレーションを与えたのは、神の意志によって一瞬のうちに天地が大変化するさまを示すクルアーンの「終末」の描写である。
以上のように理性知と伝承知の2つのベクトルの関係によって、1400年にわたるイスラームの歴史の中で、様々な思想潮流が生まれた。さらに現在ではスンニー世界の学者が、サドラーに言及するなど、スンニーとシーアの思想的・哲学的なコミュニケーションが進んでいる。この結果、これからも新たな伝承知と理性知の結びつきを示す思想潮流が現れて、様々な方向に揺れながらも展開していくであろうとの結論がなされた。

CISMOR特別研究員 中谷 直司