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東西間のイスラーム・カリフ制 −歴史的考察と現在の展望

公開講演会

東西間のイスラーム・カリフ制 −歴史的考察と現在の展望
The Islamic Caliphate between East and West - Historical reflections and contemporary considerations

日時: 2011年03月12日(土)13:00−15:10
場所: 同志社大学今出川キャンパス 明徳館1階 M1教室
講師: Reza Pankhurst (ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)研究員)
要旨:
 本講演会はReza Pankhurst氏による報告が行われる予定であったが、3月11日に発生した地震の影響によって同氏が搭乗中の飛行機が不時着し、当日の参加が不可能となった。そのため、講演会では、事前に提出されていた氏のフルペーパーを通訳の方が会場で日本語に翻訳し、報告に代える形がとられた。
 報告では、預言者ムハンマド逝去後に成立したイスラームの統治システムであるカリフ制が、東西のイスラーム地域で果たした歴史的な成果、および、ケマル・アタチュルクによるカリフ制廃止後に展開された、カリフ制に関する政治的な言説を概観した上で、ヨーロッパ、アメリカを含む世界諸地域の今日の勢力地図の中でカリフ制が持ち得る役割が、地政学的な視角から論究された。
 氏によって纏められたカリフ制の備える特徴は以下の4点である。(1)強い同化力と拡大主義。(2)共同体の選出と合意によって選出される元首(カリフ)。(3)法の支配。(4)単一のカリフを頂点とする統一的な権力構造。
 カリフ制は歴史的に、西はスペイン、東は中国といった広い範囲で、多文化主義を体現し、地域の文明的発展に寄与したと言われている。しかし、1924年、近代化を推進するトルコ共和国初代大統領ムスタファ・ケマルによって、カリフ制は正式に廃止された。以降、カリフ制は政治的に意味を持つ要素とはみなされてこなかった。
 しかし今日、ヨーロッパやアメリカを中心に、「カリフ制」を名指しし、その脅威を強調する言説が拡大している。氏によれば、これらの欧米諸国にとっての真の脅威は、中東を中心とするイスラーム諸国が、カリフ制の復興を通して帝国の支配から脱し、真の独立と自由を手にすることである。つまり、カリフ制の脅威は、米国を中心とする現行の「国際秩序」を維持するという地政学的目的から唱えられているとされる。
 カリフ制の脅威が強調されるのは、その再興の可能性が高まっていることを意味する。氏からは、カリフ制復興への期待がイスラーム世界で高まっていることが統計データによって示され、活発なカリフ制復興運動を展開する解放党(ヒズブッタハリール)やムラービトゥーンなどの活動が紹介された。
 氏によれば、カリフ制は今日のムスリムにとっての政治的共同体として最も適するシステムである。第一に、アイデンティティが複合化し、労働者や資本の移動が流動的となった今日、国民国家制度は現代世界の必要を満たすものではない。むしろ、多文化主義的な政策を実現する、超国家的な共同体が求められていると言える。第二に、近年の中東諸国での民衆蜂起で示されたように、国民は、選挙によって選出される独立した政府、法の支配を求めている。カリフ制は、これらの条件を完全に満たす政体であるとされる。
 以上の報告に対して、中田、内藤両氏からコメントが行われた。中田氏からは、ポスト国民国家システムの理想的な共同体の形態として、カリフ制という統治システムに対する肯定的な評価が提示され、カリフ制の恩恵が、イスラーム教徒に限定されない可能性が指摘された。内藤氏のコメントでは、欧州各国の多文化主義の実態が解説されるとともに、カリフ制の多文化主義的な統治システムと比較された。
 参加者全員を交えた質疑応答では、カリフ制と「帝国」の制度的な類似性や、報告中で紹介されたムラービトゥーンや解放党のような少数集団が、現代の15億人のイスラーム教徒全体の意見をどの程度代弁しているのかについて議論が交わされた。
 カリフ制という極めて政治的なトピックを主題とした本講演会は、「イスラーム理解」という枠に納まることなく、現代世界を覆う資本主義システム・国民国家システム後の世界秩序への強い関心が発表者・コメンテーターらに共有されていた。そして、カリフ制がその新世界秩序の潜在的な構成要素として、大きな意味を持ち得ることが確認された。

(東京外国語大学大学院 総合国際学研究科博士後期課程  松山洋平)
同志社大学アフガニスタン平和・開発研究センター/同志社大学 神学部・神学研究科 共催
講演会プログラム