同志社大学 一神教学際研究センター CISMOR

> 公開講演会 >

トルコにおける世俗主義 一にして不可分の共和国85年の歴史は瀬戸際に立つ

公開講演会

トルコにおける世俗主義 一にして不可分の共和国85年の歴史は瀬戸際に立つ

  • トルコにおける世俗主義1
  • トルコにおける世俗主義2
日時: 2008年10月04日(土)午後1時~2時30分
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 神学館 礼拝堂
講師: 内藤 正典(一橋大学大学院社会学研究科教授)
要旨:
講演では最初に、トルコが置かれている複雑な背景が説明された。トルコは、地理的には、ヨーロッパとアジアにまたがって多くの国々と接しており、宗教的には、キリスト教世界とイスラーム世界との接点に位置している。周囲には、グルジアやイラン、イラク、そしてシリアなど、中東の不安定な国ばかりがひしめいているのである。建国以来、トルコの政治と社会をめぐる最大の争点の一つは、人口のほとんどがスンニ派のムスリムでありながら、憲法で採用されている「世俗主義」の原則である。
ふつう日本人は、「世俗主義」ではなく「政教分離」という言葉を使い、これを普遍的な理念のように思っているが、その意味するところは国によってずいぶん異なる。トルコは、建国の父である初代大統領アタチュルクが、近代化を目指し、西洋化政策を打ち出した。政教関係については、フランスにならって、公的領域への宗教の侵犯を厳しく禁止した。個人でも、公的領域に宗教的な象徴や服装を持ち込むことが禁止されたのである。しかし、このようなフランス型の厳格な「世俗主義」を採用したことが、たえずトルコの内政に緊張を与えることになった。
フランスには、カトリック教会が人間の自由を束縛してきた過去があり、それをフランス革命によって克服したという歴史がある。フランスでは、公の存在である国家と教会を徹底的に切り離していくことで、個人が自由を獲得していったのであった。
ところが、イスラームには教会組織がない。ゆえに、世俗主義や政教分離といっても、何と何を切り離せばいいのか判然としない。しかもイスラームでは、神から離れることで人間が自由になるという発想はないし、そもそも神と人間を切り離すことなど想像もできない。したがって一般のトルコ人は、いまだに「世俗主義」が何のことなのか理解していない。
こうした「世俗主義」をめぐる問題を代表するのが、いわゆるスカーフ問題である。ムスリムの女性は、大人になるとスカーフで髪を覆う。髪の毛は性的な意味をもつと考える女性にとっては、「スカーフをとれ」と命じることは人権の侵害に当たる。西洋では、スカーフの着用は、男性が強要するもので女性の権利の侵害だとみなされがちだが、「信仰に基づくスカーフの着用」という視点が抜け落ちている。
しかし、フランス型の厳格な「世俗主義」は、それが個人の信仰や心情によるものであっても、女性が公的領域でスカーフを着用することを許さない。しかも、世俗主義を支持する人たちは、ヨーロッパ志向の人がほとんどで、敬虔なムスリムを、同じ国民でありながら時代遅れな人間だとみなして侮辱的な態度をとった。こうしたことから、トルコの多くの民衆は、世俗主義に対して次第に反発するようになっていったのである。事実、2002年以降になると、選挙でイスラーム政党が勝つようになった。憲法で禁止されているので表立っては言明できないものの、実のところ現在のトルコ政府はイスラーム政党によるものなのである。
こうした政治の動向に最も焦燥感を募らせているのは軍である。軍は、国民国家の近代性を信じる徹底したリアリストの集団であり、「世俗主義」の守護者を自任している。建国の父アタチュルクも軍人であり、西欧列強と戦って独立を勝ち取り、それを守り抜くために軍が果たした力は大きい。そもそも、軍をはじめとしてトルコ国民が近代化のために多大の努力をしてきたこともまた事実であり、近代国家の原則としてきた世俗主義を軽んじることもできない。かくして、イスラームの復興を求める民意と世俗主義勢力の摩擦が高まることになり、建国から85年たった現在のトルコは、歴史の瀬戸際に立つことになったのである。

(同志社大学特別研究員(PD) 藤本龍児)
当日配布のプログラム