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個人神を通してみたメソポタミアの宗教

公開講演会

一神教学際研究センター・日本オリエント学会共催公開講演会

個人神を通してみたメソポタミアの宗教

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  • 個人神を通してみたメソポタミアの宗教2
日時: 2008年07月26日(土)午後2時~4時
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 神学館 礼拝堂
講師: 中田 一郎(中央大学名誉教授・元日本オリエント学会理事)
メソポタミアの宗教は多神教であると言われ、しばしば一神教であるユダヤ教、キリスト教、あるいはイスラーム教と対比される。確かにメソポタミアでは、1つの都市をとってみても、そこには複数の神殿があり、そこで祭られる神々に供物が捧げられ、例祭が執り行われた。
メソポタミアでは、紀元前3千年紀の半ば頃あるいはもっと以前から神々の名前を集めた神名表が作られた。現存のもので最も網羅的な神名表は「アン=アヌム神名表」と呼ばれるもので、2000近い神々の名前が掲載されている。この神名表からだけでも、メソポタミアには多くの神々が存在したことがわかる。しかし、「アン=アヌム神名表」に代表される神名表は、語彙集の1つであって、もともと神殿や王宮の官僚養成のための教材として編纂されたものであった。そのため、神名表をもって当時のメソポタミアの人々の宗教心を論じるのには無理がある。
これに対し、都市や国家など公的機関によって維持される祭儀の対象となった神々は、都市や国家の安全と福祉を保障してくれるありがたい神々であった。これらの神々は複数あり、都市や国家の命運を左右する神々として重視された。
他方、メソポタミア出土の文献資料を見ていると、「私の神」「あなたの神」あるいは「彼の神」と呼ばれる神が登場する。これが「個人神」で、都市や国家の公的祭儀の対象となった神々と違い、特定の個人と特別な関係にあったことが伺われる。「個人神」は、言わば、自分だけの護衛兵であり、顧問弁護士であり、ホーム・ドクターと言える存在であった。
今回は、この「個人神」とはどのような神で、メソポタミアの人々が「個人神」とどのような関係を取り結び、敬神の念を育てたのか、また万が一「個人神」との関係がこじれると、どのような事態になったのか、などについて話してみたい。そして、「個人神」に対する敬神の念を中心にメソポタミアの宗教をみた場合、これを多神教と呼んで一神教の対極にあるものと考えることが果たして妥当かどうかについても、触れてみたい。
要旨 都市毎に多くの神殿があり、複数の神々に対する例祭が行なわれていたことから、古代メソポタミアは多神教の世界であるとよく言われる。そしてメソポタミア出土の史料には、「わたしの神」や「あなたの神」といった、「個人神」とでも呼ばれるべきものが登場する。氏は、紀元前約2000年紀前後のメソポタミア世界の例を挙げながら、個人神というのはどのような神であったのか、当時の人々とどのような関係にあったのかを述べ進めた。
メソポタミアが多神教の世界であったことを教えてくれる史料は、祭祀や司祭に言及した史料、行政文書、書生が残したものなど、多様である。例えばハンムラビの時代、ユーフラテス川沿いにあったマリ王国の犠牲祭に関する史料は、同国でおよそ25の神々の祭祀が維持されていたことを教えてくれる。その一方で、そうした史料は、一般民衆を含めた当時の人々の、個人的な敬神、神々に対する感情の多様さを、垣間見せてくれる。
上に述べたマリの史料には、その文書を書き残した人物に関係した神々の名前が随所に挿入されている。例えば王国の最高神、居住する都市の神、そして個人にとっての神、という三つが、手紙の挨拶文として使われることもあった。そして最後の個人にとっての神が、文書の中では「わたしの神」や「あなたの神」と表現されている、個人神である。個人神はその個人が男性であるか女性であるか、どういう立場の人物であるかによって、異なりを見せる。王には王の個人神が、少女には少女の個人神が存在するのである。したがって個人神は、固有名詞で表されないからといって、無名で地位の低い神々であったとは限らない。個人神は、その個人の立場や願いによって選択されているからである。
個人神は、王国の最高神、居住する都市の神、それらと個人の間に立って、自分のために執り成しをしてくれる存在であった。その役割は護衛兵であったり、顧問弁護士であったり、また主治医であったり、多様である。しかしその個人神が個人の願いを叶えない場合、責任を果たさない場合もあった。古代メソポタミアには、正しい個人が不当、不条理な苦難を被ることについての葛藤、つまり神義論をテーマとした文学的作品が多く見られる。王国の最高神、居住する都市の神とは異なり、個人神は、それを敬う個人と、きわめて密接で具体的な利害関係を持っていたと言える。
古代メソポタミアは、多くの神々の存在が認められ、祭祀が行なわれてきたという点で、疑いなく多神教の世界である。しかし以上に述べてきたように、個人神との密接な関係を通して、人々が個人的な敬神や、特定の神に対する独特な感情を育む土壌がそこにはあった。そうした、多神教と呼ばれる世界の一様でないあり方に着目する面白さと重要性を指摘して、氏は講演を締めくくった。

(同志社大学神学研究科博士後期課程 高尾賢一郎)
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