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二本角が表すもの――西アジアにおけるアレクサンドロス大王の神聖化

公開講演会

二本角が表すもの――西アジアにおけるアレクサンドロス大王の神聖化

日時: 2005年12月17日(土)午後2時~4時
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 神学館 礼拝堂
講師: 山中 由里子 (国立民族学博物館民族文化研究部助手)
要旨:
【概要】
西アジアに伝わるアレクサンドロス大王に関する言説は、イスラームという信仰と不可分な関係にある。宗教書のみならず、歴史書や叙事詩においても敬虔な信徒、神に特別な権威を与えられた真の教えの布教者、聖戦の闘士、そして預言者として描かれている。アレクサンドロスがこのようにムスリムに神聖視されるにいたった背景には、コーランの「洞窟」の章に登場する二本角(ズー・ル=カルナイン)と「アレクサンドロス物語」の深い関わりがある。
コーラン注釈書などに記録された伝承を通して二本角の啓示が下された経緯を明らかにし、古代アレクサンドリアに起源を持つ「アレクサンドロス物語」がイスラームに先行する一神教であるユダヤ・キリスト教のフィルターを通して二本角伝となった過程を辿る。さらに、この二本角アレクサンドロス伝が、イスラーム共同体の拡張の時代という歴史的なコンテキストにおいてどのような意味を持っていたかについても考察する。

【趣旨】
アレクサンドロスに関する言説は歴史や物語というジャンルだけにとどまらず、また象徴されるものも多様である。まさにアレクサンドロスは「千の顔を持つ英雄」であるといえる。そして、その顔の1つは宗教と深い関係がある。
今回の講演では、『コーラン』第18章「洞窟」82-97節に登場する二本角(ズー・ル=カルナイン)とアレクサンドロス伝承との関連やこの二本角の啓示が下された経緯と、タバリーの『タフシール』、サアラビーの『預言者伝集』、そしてニザーミーのアレクサンドロス物語を例としてイスラーム世界におけるアレクサンドロスの神聖化について焦点が当てられた。最後に日本と中国に伝わったイメージも取り上げられた。
アラビア語・ペルシア語の文献ではアレクサンドロスは「二本角のアレクサンドロス(アル=イスカンダル・ズー・ル=カルナイン)」としてしばしば表れる。これは『コーラン』の「洞窟」章 82-97節に登場する二本角(ズー・ル=カルナイン)に由来する。これはアッラーがムハンマドに「みな」が二本角について質問して来た時の答えについて語る一節である。二本角が誰であるか、なぜ二本角と呼ばれるのかについての記述はなく、長い間論争の的となっていた。現在、この一節がシリア語のアレクサンドロスに関するキリスト教伝承に拠っているというネルデケによる推断が最も有力とされている。
イスラーム以前にすでにユダヤ・キリスト教において、アレクサンドロスは神聖な地位を得ていた。ユダヤ教徒は神の国を地上にもたらすメシアとしてみなし、キリスト教ではイエス・キリストの先駆者としてみなした。イスラームはこのようにすでに神聖化されたアレクサンドロスを自らの宗教の擁護者、布教者、預言者の二本角として受け入れたのである。
タバリーの『タフシール』ではユダヤ・キリスト教の伝承の影響が多く見られるが、比較すると神の使徒としての役割が強調されており、歴史的地理的な記述はなく、寓意的な意味合いが強い。また、サアラビーの『預言者伝集』では歴史書からの引用を含み、誕生から死までの一貫したアレクサンドロス伝となっている。それゆえ、訓戒的な要素を持つ。一方、ニザーミーのアレクサンドロス物語は3部構成になっており、布教者としての征服者、哲人王、そして預言者として表される。最後には人間の限界を教訓的に示す。ニザーミーは様々なアレクサンドロス伝を元としながらイスラーム的英雄として描いている。
イスラームとユダヤ・キリスト教と大きく異なる点は、イスラームがアレクサンドロスの征服地域と大部分を同じくした地域の支配者であったということである。そのためカリフ達の現実のモデルとなりえた。聖戦と当てはまる戦闘的な側面と信者共同体を外的から護る守護者としての側面が表れている。このような二本角のアレクサンドロスではあるが、彼の野心はイスラームにおいても教訓の対象となった。しかしながら、彼の昇天についてのエピソードによると中世ヨーロッパのキリスト教神学者ほど批判的ではなかったように思われる。
『コーラン』の二本角についてはアレクサンドロスにまつわる歴史的な文脈は書かれてはいないが、『コーラン』以降の宗教文学においても、歴史叙述においても、文学作品においても、聖別された二本角と歴史的人物であるアレクサンドロスは常に密接な関係にあったのである。

(CISMORリサーチアシスタント・神学研究科博士後期課程 細谷歩美)
一神教学際研究センター・日本オリエント学会共催
当日配布のプログラム
『2005年度 研究成果報告書』p.552-570より抜粋