同志社大学 一神教学際研究センター CISMOR

> 公開講演会 >

ヨーロッパにおける宗教間対話─ユダヤ教・キリスト教・イスラームの関係をめぐって

公開講演会

第1プロジェクト 公開講演会

ヨーロッパにおける宗教間対話─ユダヤ教・キリスト教・イスラームの関係をめぐって
Interfaith Dialogue in Europe - Focusing on the Jewish-Christian-Muslim Relationships

日時: 2011年05月28日(土)13:00−15:00
場所: 同志社大学今出川キャンパス 明徳館1階 M1教室
講師: Rabbi Prof. Jonathan Magonet(レオ・ベック・カレッジ名誉教授)
要旨:
 長年ユダヤ教、キリスト教、イスラームの宗教間対話に関わってきたMagonet教授は、本講演で、そうした自らの経験を織り交ぜつつ、欧州における、3つの一神教の対話について、論じた。
 現在の欧州では様々な宗教間対話がなされている。対話が盛んになった第一の理由はムスリムの増加だ。かつてヨーロッパ諸国は、均質な民族構成をもつキリスト教国として自己を理解していた。現在は違う。多くのムスリムが移民・難民としてやってきている。第二の理由は世俗化だ。人々は既成宗教に幻滅し、新しい霊性を求めている。影響力を低下させた宗教は、他宗教との協力を探りだした。
 私の生い立ちは、20世紀ユダヤ人の一つの典型だ。私の家族は、ポグロムを逃れてイギリスに来た。私は1942年にサウスロンドンで生まれ、正統派ユダヤ教の共同体で育ったが、生活はユダヤ教の規範から自由だった。このことには、欧州のユダヤ人たちが、律法との関わり方を自分で選択するようになったことが反映している。19世紀のユダヤ教では改革派、自由主義、進歩主義が台頭、さらに世俗的なシオニズムまで起こった。その後ホロコースト、イスラエル建国が、一層の変化をユダヤ人に促した。
 私自身の歩みはどのようなものか。13歳でバル・ミツバ〔男児の成人の儀式〕を行った後、私はシナゴーグに行かなくなった。ユダヤ教徒としての意識が戻ったのは、改革派の青少年グループに参加してからだ。その後、レオ・ベック・カレッジに進学し、ラビになると決めた。
 近代におけるユダヤ教徒とキリスト教徒の融和は、19世紀後半から20世紀初頭に始まった。H・コーヘン、F・ローゼンツヴァイクらは、ユダヤ教の視点からキリスト教聖書の解釈に取り組んだ。キリスト教側にも同様の動きがあった。反ユダヤ主義が強まる一方、キリスト教内にそれに抗する人々が現れた。第二次大戦後のキリスト教(特にドイツの)は、ホロコーストとキリスト教の関係を自己検証する必要に迫られる。世界教会協議会、第二ヴァチカン公会議などで、自らの反ユダヤ主義的要素を反省し、乗り越えようとする動きが多くみられるようになった。
 M・ブーバーは1929年に対話の時代の始まりを語ったが、大戦後には、ユダヤ教とキリスト教の融和の試みも、ある宗教が別の宗教を一方的に解釈するものから、相互的なものに変化した。私も60年代から、ドイツのHedwig Dransfeld Haus主催の、Jewish-Christian Bible Weekに関わった。2つの宗教の人々が、一週間共に生活し、互いの礼拝に参加する。対話を始める触媒は3つあった。第1は両教徒の出会いで、第2はユダヤ教徒とドイツの出会いだが、これらの出会いは、時に痛みを伴った。そして第3は、ヘブライ語聖書だった。
 イスラームとの対話の必要性は、レオ・ベックが1940年代末に予見していたが、私も、3つの一神教の若者らが集まるJewish-Christian-Muslim Student Conferenceに関わるようになった。会議では、グループワークを通して互いの差異を学びあうようにした。また、世代の問題や、異教徒間の結婚、世俗主義など、西洋の宗教コミュニティが目下直面するテーマをとりあげるよう配慮した。
 現在、イスラームとの一層の対話が求められている。「文明の衝突」や、911後のイスラムフォビアの中でムスリムと向き合わねばならない。現在、欧州のムスリムは、かつてのユダヤ教徒と同じく、近代との葛藤を経験している。ユダヤ教はこの問題に対応すべく、西洋に多くのラビ養成学校を設け、近代西洋とユダヤ教伝統の両方に通じるラビを育てた。似た動きが、今日のイスラームで起きている。従来イマームはイスラーム諸国から派遣されていたが、今は西洋各国政府がイマーム養成を支援している。
 母校レオ・ベック・カレッジの学長となった私は、キリスト教徒やムスリムを常に教授陣に加えるようにした。彼らによって、ラビの議論が他者に開かれ、彼我の共通点と差異に気づかされる。私達にとっての真理を、他者がどう受け止めるのか知るようになる。圧倒的な破壊を前にする時、対話は無力に思える。だが宗教間対話なくして平和はない。
 講演会後の研究会では、儀式、祈り、あるいは翻訳などにあらわれた、現代ユダヤ教の変化と、その多様性について、参加者を交えた活発な議論がなされた。

(CISMORリサーチアシスタント 杉田俊介)
※英語講演:逐次通訳あり
※入場無料・事前申込不要

【共催】同志社大学 神学部・神学研究科
講演会プログラム