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中東における宗教間対話の課題

公開講演会

中東における宗教間対話の課題

日時: 2005年05月19日(木)午後2時~4時
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 神学館 礼拝堂
講師: ハッサン・アブ・ニマー
(ヨルダン・王立宗教間対話研究所所長、元ヨルダン国連大使)
要旨:
アブ・ニマー氏は、現在彼が所長を務める王立宗教間対話研究所(RIIFS: the Royal Institute for Inter-Faith Studies)の活動について述べた。同研究所は、1994年にハサン・ビン・タラール・ヨルダン王国皇太子のよびかけにより、アラブ世界におけるムスリムとキリスト教徒の相互理解を促進する目的で創設された。アブ・ニマー氏の講演では2つの主題が挙げられた。第1は、イスラーム諸国において政治的紛争と専制的な国家支配が背景になり相互集団間の寛容さが低下していること、またイスラエル‐パレスチナ紛争の根本にあるのが歴史的・社会的不正義であるということである。第2は、地域における宗教間対話の挑戦と責務が、地域を越えた危機的状況における宗教の役割に対する無理解との関連で顕著になってきたことである。

近年のアラブ・キリスト教徒人口の減少は、地域における危機的状況の社会的影響を測る縮図と事例を提示していると同時に、宗教的共存への挑戦をもつくりだしている。日常生活の複雑で困難な状況は、個人の宗教の所属に関係なく、可能ならばよりよい生活が出来る環境を求めるか、または、政治やその他の世俗的機構には期待することのできない安全性やセクト的なシェルターの内にとどまることを強いている。このような多岐にわたる状況を把握するために、現在の中東のダイナミクスを説明する3つの歴史的元凶が提示された。

アブ・ニマー氏は、第1に1979年のイランにおけるイスラーム革命とその結果としてのイラン・イラク戦争を挙げた。当時のシーア派有力勢力は、イスラームを二分することに重点をおき、かつまた宗教の名における自己犠牲を導引するために、天国への手段として殉教を強調した。第2には、1982年のイスラエルによるレバノン侵攻とパレスチナ領占領への反動としての武力闘争運動の高まりである。第3には、これらの一連の結果としての自爆攻撃行為である。アブ・ニマー氏は、これらがイスラーム的教義の精神や語彙においては禁じられた自殺にあたり、非難されるとしても、同時に占領と不正義への反応としても見なければならないことを強調した。これらの歴史的ファクターを悪化させているのは、市民から公的権利を剥奪し、人々の希望の障害となっている中東のいくつかの国における専制的政府の支配である。また最近では、9・11事件の悲劇的影響が続いている。

これらのファクターは、サミュエル・ハンティントン(しかしバーナード・ルイスが先に提唱したもの)の「文明の衝突」に不当に強調されているような、イスラームやアラブを生来暴力的とする欧米のイスラーム・アラブ観に影響を及ぼしてきた。アブ・ニマー氏は、宗教がどのように地域紛争の触媒として、前述した社会的不正義の多岐にわたる真実を覆い隠すような幕となってきたかということを指摘し、本来は宗教的要因から発生したのではない人々の不正義への反応を悪魔化し、また地域の安全性と宗教的理解に有害な政治を正当化することに加担してきたと述べた。

中東における今日の紛争の社会的影響は、地域の異宗教間関係の危機につながる。アブ・ニマー氏は、3つの一神教徒が混在する環境においてムスリムとして育った自身の経験から、宗教的「寛容さ」の利点と限界を述べた。RIIFSによって進められている宗教間対話や創始者は、この限界を認識していると彼は言う。将来お互いの真の受容と共存が実現されるためには、少なくとも2つのことが整備される必要がある。第1には、多様な宗教におけるより微妙な差異を理解するために若者を教育することである。 第2には、正義に焦点をあてた、今日の紛争における宗教のステイタスの明確化である。これは、支配的文化に対する少数派宗教の貢献に関する知識を広めることなどによっても可能である。これらの努力は、他の宗教と宗教共同体に対する敬意を持ちうるような社会を作る目的のために為されているのである。

(CISMOR編集補佐 ヴィクター・A.フェッソル)
一神教学際研究センター・神学部・神学研究科共催
当日配布のプログラム
『2005年度 研究成果報告書』p.500-507より抜粋