21世紀COEプログラムによる活動記録

2004年度 第2回研究会

日時: 2004年7月10日
場所: デスカット東京日本ビル店
タイトル: 暫定政権成立・主権委譲が抱える問題点
講師: 酒井啓子 (日本貿易振興会アジア経済研究所地域研究センター)
タイトル: 大統領選に向けたアメリカのイラク政策
講師: 村田晃嗣 (同志社大学大学院法学研究科)
要旨:

 本研究会において、村田、酒井両氏は、それぞれの専門的観点から各自のテーマについて詳細に論じた。

  村田氏はまず、冒頭において過去15~16年のアメリカの大統領選挙について概観した後、今年度の選挙を占う指標として、現段階での世論調査よりも、むしろ民主共和両党の党大会などが終了した後に行われる世論調査に注目する必要があると主張した。また村田氏は、ブッシュ(George W. Bush)に対する40%強という現在の支持率は、政権末期の数字としては決して悪い方ではないという見解を示した。

  続いて村田氏は、大統領選挙との関連でイラク戦争の問題に議論を進めた。村田氏は、イラク戦争を論じるポイントは3つあると主張する。それは、1.)大量破壊兵器、2.)対テロ戦争、3.)体制変換(民主化)である。

  大量破壊兵器の問題に関して村田氏は、まず、大量破壊兵器の存在の有無とイラク戦争の正当性を結びつける議論を疑う。なぜなら、村田氏によれば、問題はイラクに大量破壊兵器が存在したか否かということにあるのではなく、イラク(フセイン)が大量破壊兵器を保持するか否かを意図的に曖昧にする戦術をとり続け、そのことによって国内反体制派や近隣諸国、国際社会を威嚇してきたことにあるからである。

  そして村田氏は、この問題を考えるに際して、アメリカが開戦せずに国連査察が続けられた場合の「別の歴史」を考慮してみることの重要性に注意を喚起する。村田氏は、国連査察では、イラク側の妨害などによって結局は根本的な問題解決にはつながらず、そのことが他のいわゆる「ならず者国家」に与える影響は重大であったろうと述べる。

  対テロ戦争の問題に関して村田氏は、イラクとアル・カイダのような国際テロ組織の結びつきはイラク戦争の開戦前には顕著ではなかったものの、両者は今や密接不可分となっており、そのことがアメリカとその全ての同盟国にとって重大な問題を提起しているとした。

  また、体制変換(民主化)の問題に関して村田氏は、政権の「打倒」と「交代」の間には少なからぬ相違が存在する点を指摘し、アメリカはフセイン政権の打倒には成功したものの、今のところ安定的な政権の「交代」には成功しておらず、その点にアメリカの読みの甘さがあったという認識を示した。

  しかしながら村田氏は、民主主義を根付かせることが簡単でないことを認めつつも、選挙による政権交代の可能性をつくり、在野勢力が政府を批判できる体制をつくるという意味での、最もシンプルな「民主主義の統治形態」をイラクに根付かせることは不可能ではないという見解を示した。

  加えて村田氏は、最近の動向、大統領選挙の行方、国際政治への影響のそれぞれについて持論を展開した。村田氏はまず、いわゆるアブグレイブ事件が与えた衝撃の大きさに言及する一方、最近の動向として、このような事件によるブッシュの支持率低下が対立候補のケリー(John Kerry)の支持率上昇に直接結びついていない状況(「本質はブッシュが好きか嫌いかの問題」)があると説明した。

  大統領選挙の行方との関連では、村田氏は、イラク政策に関して国際協調路線に既に舵を切っているブッシュとケリーとの間に同政策をめぐる実質的な意見の相違はなく、この問題は大統領選挙にそれほど影響を与えないであろうという予測を示した。

  しかしながら、村田氏は最後に、国際政治への影響との関連で、仮に国連重視をより強く唱えるケリー候補が当選すれば、アメリカは、イラク問題をめぐって国連での同意を得る必要から、(ブッシュ政権の同盟[日本]重視の姿勢と比べて)中国重視の姿勢に傾斜する可能性があると結んだ。

  続いて酒井氏は、発表の冒頭において、イラクの暫定政権が抱える問題点として、同政権の3つの不安定要素を指摘する。それらは、1.)米・国連の全面的支援のもとで成立していない、2.)イラク国民の反米不満を吸収することが難しい、3.)米/国連/イラク国内勢力/亡命勢力のごった煮であることである。そのために、国民はこの政権に対して、正式政権が発足するまでの「つなぎ」として、治安と経済の回復という最低限の義務を果たしてくれることしか期待していないとされる。

  酒井氏は、このような状況(暫定政権の不安定さ)の背景にある事情として、2004年3-4月を境にした「米―亡命イラク人―イラク国民」関係の変質を挙げる。つまり、これまでのイラク統治において、イラク人主体の統治評議会は国民からアメリカ(CPA:Coalition Provisional Authority 連合国暫定当局)と一体であると見られ、不信感を抱かれていた。

  しかし、ファルージャ、ナジャフにおけるアメリカの軍事行動以降、統治評議会の中にあってファルージャなどに影響力をもつ亡命イラク人がアメリカ離れを起こし、アメリカに批判的になったのである。その結果、イラク国民はこれらの人々に一定の「対米距離」を保つことを期待するようになった。このようなことから、イラク国民の対駐留軍認識も過去2ヶ月の間にかなり悪化したのである。

  加えて酒井氏は、イラクの復興をめぐって「実務重視」(経済の回復を優先)のアプローチをとる国連と、政治問題を優先したい統治評議会やアメリカとの間にも少なからぬ対立が生じていると説明した。

  続いて酒井氏は、暫定政権が抱える課題に議論を進めた。酒井氏は、そのような課題を1.)治安、2.)経済、3.)選挙準備に分類した。まず、治安に関して酒井氏は、アラウィ首相の下で内務相に有力軍人の息子であるナキーブが起用されるなど、暫定政権は「治安に力を入れる」というメッセージを明確にしており、その点に関して意気込みが感じられると述べた。

  経済復興に関して酒井氏は、CPAからイラク暫定政府に監督権が移されたところの、石油収入(年間150~170億ドル)の使途が復興の鍵になるとした。加えて酒井氏は、政治的に巨大な勢力(の長)が大臣職に就いた経済官庁などにおいて見られる、縁故政治をいかに克服することができるかが、経済復興をスムーズに進めるために重要であるという見解を示した。

  最後に酒井氏は、現在国連主導で進められているところの、2005年1月の総選挙に向けた準備との関連で、選挙が国民の信頼を獲得する最後の機会であるとし、選挙を滞りなく進められず、正式政権が無事に成立しない場合は事態は深刻になると結んだ。

  休憩を挟んで述べられた中村氏のコメントでは、村田氏の発表に対して、アメリカの対イラク戦後計画のずさんさやイラクの民主化問題に関するアメリカの考えの甘さが批判されると同時に、酒井氏に対しては、政権委譲の根本的な意味についての疑問などが出された。

  平野氏のコメントでは、酒井氏に対して、イラク人の民意のありかがわかりにくいといった疑問が出されると同時に、村田氏に対して、アメリカのイラク政策をめぐる「出口戦略」、イラク政策とパレスチナ問題との関連などが問われた。

  続くディスカッションでは、以上のようなコメンテーターの質問に発表者が答えるところから議論が始まり、2時間以上にわたって白熱した議論が展開された。議論に共通するポイントは、詰まるところ、「いかにしてイラク国民の心をつかむことができるか」ということであった。
(CISMORリサーチアシスタント・法学研究科博士後期課程 水原 陽)

『2004年度 研究成果報告書』p.330-355より抜粋