21世紀COEプログラムによる活動記録

2004年度 第2回研究会

日時: 2005年1月26日
場所: 同志社大学 今出川キャンパス 扶桑館
タイトル: 「トルコのEU加盟問題からみたヨーロッパとイスラーム世界の関係」
講師: 内藤正典 (一橋大学社会学部教授)
要旨:
  内藤正典教授は一橋大学COEプログラム「ヨーロッパの革新的研究拠点」の副代表である。2004年に『ヨーロッパとイスラーム ― 共生は可能か』(岩波新書)を出版されている。今回の研究会では一橋大学大学院社会学研究科から内藤教授を招き、「トルコのEU加盟問題からみたヨーロッパとイスラーム世界の関係」という題でお話をいただいた。
  以下は発表の要約である。   昨年12月16日、17日の両日、ベルギーのブリュッセルでEU首脳会議が開催され、トルコのEU加盟交渉開始が来年10月からスタートすることが決定した。しかし、これはあくまで加盟交渉の開始であり、加盟が決まったわけではない。トルコがEUの前身にあたるEECとの間で加盟に関する話し合いを始めたのは1963年のことであったから、41年かけてようやくEUのドアの前まで来たことになる。しかし、ドアが開くかどうかはわからないとするのが、EU の反応である。
  なぜトルコはそこまでEU加盟を望むのだろうか。その背景には、「初代大統領アタチュルク以来の悲願であり、国是なのだ」という歴史的経緯と、EUに加盟すれば移民を国外に送り出すことができるというエルドアン政権にとっての実利がある。
  これに対して、ブリュッセル首脳会議における各国首脳の反応は、トルコ加盟に必ずしも積極的ではなかった。強くサポートする姿勢をとったのは英国のブレアとドイツのシュレーダーであり、フランスのシラクは無条件の賛成はしなかった。
  EU諸国内では反対意見が強い。その理由としては、①人権と民主主義の不備、②男女不平等、③移民流入への恐怖、④宗教の相違、⑤そもそもヨーロッパになじまない、⑤経済開発の遅れ、⑥人口規模という6点が挙げられる。トルコのEU加盟に対するこのような反対論には二つの軸がある。一つは「人権・民主主義が条件として満たされていない」、もう一つは「イスラームだから」というものである。前者に関しては、トルコでは、マイノリティーに対する人権状況は格別に改善されてきた。
  しかし問題は後者である。これは一種の文明間の対立という危険をはらんでいる。実際、フランスは宗教一般に不寛容であり、ドイツはキリスト教国であるとの自己意識が強い。多文化共存を保障し、宗教的寛容を実践してきたと思われているオランダでさえ、反イスラームに傾向を強くしつつある。EUはトルコというムスリムからなる国の加盟問題を巡って、自己に対する再定義を否応なく迫られている。これは「ヨーロッパとは何か」という問題なのである。
  EUは、西ヨーロッパ諸国が従来普遍的な価値だと主張してきた「民主主義、人権」という軸を中心に据えるつもりなのか、それとも改めて「キリスト教」を前面に出してくるつもりなのか。この点について、ヨーロッパの中にコンセンサスは生まれるのかどうか、今後注目していきたい。
(COE研究指導員 長谷川(間瀬)恵美)

『2004年度 研究成果報告書』p.441-458より抜粋